近松門左衛門は「探偵事務所」を営んでた!? 凸凹コンビの痛快推理『近松よろず始末処』!
更新日:2018/4/24
近松門左衛門(ちかまつ・もんざえもん)は、浄瑠璃や歌舞伎の脚本を書いた江戸・元禄期の大人気作家だ。彼は元々武家の出身で、公家奉公もしていたという経歴を持つ。そんな彼の書いたシナリオには『曽根崎心中』や『女殺油地獄』などの世話物――つまり、庶民の義理や人情を描いた物語も存在する。
武士の出である彼が、なぜ庶民的な内容の脚本を書けたのか。
その理由は、近松門左衛門が「探偵事務所」を営んでいたからだった――!?
そんな驚きの「仮説」と共に、痛快な謎解きで読み手を楽しませる時代小説『近松よろず始末処』(築山桂/ポプラ社)が発売された。
時は元禄。舞台は大坂。
小さい頃に親を亡くし、ゴロツキとして生きてきた虎彦(とらひこ)。ある時、賭場の仲間から因縁をつけられて袋叩きにあい、死にかけていたところを、人気浄瑠璃作家の近松門左衛門に助けられる。
命を救われ、「花売り」というカタギの仕事を与えられた虎彦だったが、近松の真の目的は彼の裏稼業である「近松万(よろず)始末処」の手伝いを虎彦にさせること。「近松万始末処」は、いわば「探偵事務所」。犯人探し、仇討ちの手伝い、幽霊退治などなど、公にはできない市井の人々の「面倒事」が持ち込まれる場所だった。
近松は「人助けのため」だと言うが、依頼人からは報酬もしっかり頂き、単なる慈善事業というわけではないようだ。したたかで食えない老人・近松に命を救われたばっかりに、こき使われながら日々を奔走する虎彦。
「近松万始末処」の一員である、謎めいた美丈夫の剣士「少将」や近松の飼い犬「鬼王丸」、浄瑠璃を公演する「竹本座」の、からくり細工師見習いの少女「あさひ」と共に、人々の悩める事件を解決していく。
だが虎彦は、近松が「近松万始末処」を営む「本当の理由」を知ってしまい、近松や、近松を慕っている少将へ、怒りに近い不信感を抱くようになる。果たして近松の真の目的とは。正体不明の少将の素性とは……。全てが明らかになった時、虎彦は何を想い、どう決断するのか。
個性豊かなキャラクターや「多くの謎」に惹き付けられ、読み手を飽きさせない仕掛けがたっぷり施されたエンターテインメント性に溢れる本作、時代小説を読み慣れていない方にもおススメしたい。
著者は大学院で日本近世史を専攻していたそうだ。そのため、当時の風俗や暮らしが丹念に描かれており、ともすればマンガやアニメの登場人物のようにキャラ立ちした虎彦や少将たちが、「この時代、実際に大坂で生きていた人物」に思えるような「息遣い」を感じるほどだった。
さらに、ただ「時代」と「舞台」を借りただけの薄っぺらい時代小説ではなく、歴史の「隙間」を埋めるような物語だったのも、本作の魅力の一つである。
冒頭で述べたように、元々武家の出身だった近松が、なぜ庶民の苦悩や生活を深く理解した世話物を書けたのか。学問として近松門左衛門を研究したとしたら、疑問に感じるところだろう。いくらでも仮説は立てられるが、真実は分からない。そういった「隙間」を物語で埋める……これが時代小説の醍醐味ではないだろうか。
本作は『曽根崎心中』や『碁盤太平記』などの、「近松門左衛門が作ったシナリオの裏には、こんな背景があったかもしれない」というのを、小説として読みやすく、面白く描いた、読み応え抜群の一冊だった。
カバーのイラストは『さよなら絶望先生』でおなじみのマンガ家・久米田康治先生。虎彦たちが一層活き活きと感じるのは、久米田先生のイラストのおかげもあるだろう。こちらも必見だ。
文=雨野裾