もてないやつは、この世で一番悲惨な生き物だ。もてない自分は、「この先ずっと、楽しいことがなにもないような気がする」──私も、そんなふうに考えていた。中学や高校に通っていたころの話だ。狭いところで、密閉された関係の中、誰かの言葉に、振る舞いに、いつだって傷ついていた。私もたしかに感じていた。「思春期とは、地獄の別称だ」と。

　誰しも覚えのあるそんな時期を、赤裸々に描く作家がいる。こじらせ女子とアイドルオタクの恋愛を描いた『左目に映る星』（集英社）で、リアルな現代人、その感情の変化を繊細に描き出し、すばる文学賞を受賞した新鋭・奥田亜希子だ。繊細な文章で、読み手の予想したストーリーを鮮やかに超えていく彼女は、『王様のブランチ』（4月7日放送）でも紹介され、直木賞作家の朝井リョウにも「新刊が出たら絶対読もうと思っている」作家だと絶賛されている。

　そんな彼女の最新作『青春のジョーカー』（集英社）は、学校空間で生徒のあいだに自然発生する序列、“スクールカースト”がテーマだ。

「世界が二層に分かれていることに気づいたのは、いつだろう。」

　主人公の基哉は、話題といえばゲームばかりの冴えない友だち、尚介や弦と学校生活を送る中学3年生。異性にモテて、性的なことも大声で言える啓太たちのグループに、あからさまに見下されている。基哉が心の支えにしているのは、聖域的な雰囲気を漂わせるクラスの女子、咲だ。彼女に淡い想いを寄せる基哉だが、底辺グループに属する彼では近づくこともできず、想像の中で咲を汚し、自慰をすることに罪悪感を抱いている。

「楽しいとはどういうことか。基哉は心の中で反問した。尚介や弦と喋っているときには、ごく自然に笑っている。咲の笑顔が見られれば、死んでもいいと思えるくらいに嬉しい。しかし、楽しいかと問われると、どうしても頷けなかった。本当に魅力的なものはすべて強者の世界にあり、自分は所詮、貧しく惨めな場所で、かろうじて喜びを見出しているに過ぎないのではないか。」

　悶々と過ごしていたある日、ひょんなことから基哉を取り巻く状況は一変する。兄のはからいで、女子大生の二葉と知り合ったのだ。彼女といるところを上位グループの啓太に目撃され、童貞を捨てたと勘違いされた基哉は、尚介や弦らの底辺グループと噛み合わなくなり、上位のグループへと迎えられる。性体験とは、スクールカースト内での立場を一気に逆転させる切り札──“青春のジョーカー”だったのだ。

　そういえば、まだ小学校に通っていたころ、誰かを好きだと言うことは、恥ずかしいことだった。カップルが成立すれば、クラスじゅうでからかった。いったいいつから、好きな人がいることは、恥ずかしいことではなくなっていたのだろう。保健体育の授業で隠されていたプロセスは、結婚すれば「子どもはまだ？」と朗らかに肯定される。誰もその過程について、教えてくれはしなかったのに。

　だからページをめくるたび、登場人物たちの戸惑いが、痛いほどによくわかる。性への興味を、暴力的な言葉でしか発散できないクラスの男子。大学デビューで脱童貞したものの、結局は媚びることでしか友人の輪に入れない基哉の兄。モテないことを、密かにコンプレックスに思っている尚介と弦。潔癖な咲、奔放な顔をする二葉。性にまつわるすべてのことは、濃すぎても薄すぎても息苦しい。そのくせ、正しい濃度がわからないのだ。濃度のズレで負った傷は、簡単には誰かに見せられないから、あのころの私たちは、それをひとりで癒すしかなかった。休み時間の教室で、バーベキューの輪から外れたところで、修学旅行の浴室で、眠れぬ夜の布団の中で。

　思春期の葛藤を通して性のかたちを探ろうとする青春小説『青春のジョーカー』は、全文がTwitterで公開されている。Togetterで遡って読むことも可能だ。セックスというジョーカーを手にした基哉は、形勢逆転できるのか？　ぜひ顛末を見届けてほしい。

　ところで今、あのころ抱えていた傷は、すっかり癒えてしまったのだろうか。本を読み進めていくうちに、私たちはあることに気づく。登場人物の心情が痛い。自分の身体のどこかには、まだ赤く、湿った傷口がある。大人になっても、傷は癒えたわけではなかった。うまく隠せるようになり、ふだんは忘れているだけだ。

　だからこそ、塞がらない傷を撫でられるとハッとする。痛い、と感じた瞬間、その傷に触れた人、その痛みを知る他者の存在に気づかされる。傷を撫でる指の主は、痛いよね、わかるよと淡々と言いながら、いつのまにか触れられるほどそばに寄り添ってくれている。奥田亜希子は、そういう作家だと思う。

文＝三田ゆき

※ 『青春のジョーカー』 は、4月7日放送の『王様のブランチ』 （TBS系毎週土曜9時30分から放送中） で紹介されました。