36歳未婚・処女。普通ってなんだろう? 芥川賞受賞作『コンビニ人間』
公開日:2018/7/21
36歳で未婚・処女。職歴はコンビニアルバイトのみで、18年間ずっと同じ店舗で同じ毎日を繰り返している。
世間一般で考えたら、「早く結婚しなきゃ」「ちゃんとした職業に就かなくちゃ」とか、将来に不安を抱くのが当然だ。
だが、『コンビニ人間』(村田沙耶香/文藝春秋)の主人公、古倉恵子に、そんな危惧は一切ない。意地を張っているわけではなく、本当にそれを「おかしい」とは思えず、悩んでいるとしたら、おかしいと思えない自分を見る周囲の目が少々うっとうしいことと、自分のせいで家族が悲しむことぐらいだ。
古倉恵子は変わっている。幼少期から「一般常識」や「不文律の道徳」が理解できなかった。
小さい頃、公園で死んだ小鳥を見つけて、周りの子供たちが悲しむ中、彼女だけは「食べよう」と言う。学生の頃、男子生徒がケンカを始め、「誰か二人を止めて」という言葉に反応し、シャベルで生徒の頭を殴りつけたりする。
どちらも、彼女なりに理由がある。
小鳥を食べようと言ったのは、父親が焼き鳥を好きだったからだ。同じ鳥なのだから、食べてもいいだろうと。シャベルで男子生徒を殴ったのは、「止めて」と言われたから。殴ったら、動きが止まるから。
恵子には、それらの何がいけなかったのか、本当に分からない。
家庭環境は問題なく、両親と妹は愛情をもって恵子に接する。だが、家族は「どうすれば(恵子は)『治る』のだろう」と気を揉んでいた。そのことに恵子は「自分は何か修正しなければならないのだなあ」とのんきに思う。
大学生の時、彼女は「コンビニ」と出会う。
そこにはマニュアルがあった。やるべきこと、言うべきこと、すべてが決まっている世界では、恵子は「優秀なアルバイト店員」だった。
コンビニで働くことで、彼女は「異物」だった自分が、初めて「世界の正常な部品」になれたことに気づく。以降、18年の間、コンビニ店員を続けるのだ。
しかし、36歳になった今、「なぜ結婚しないのか」「正社員にならないのか」「将来はどうするのか」……恵子は再び、社会の異物になってしまう。
そんな時、新しく入ったバイトの白羽と出会う。30代の男性で、無職。自分は棚に上げて、コンビニ店員を「底辺」とあざけり、仕事の手を抜く。遅刻する。お客の女性にストーカーまがいのことをする……その一方、注意をすると偉そうな御託を並べて相手を論破(した気になっているだけ)するという……かなりの「クズ男」。
その白羽と恵子は、「社会の常識から外れていないことをアピールするため」、偽装恋人として、一緒に暮らすことになるのだが……。
芥川賞受賞作というと、「読みづらい」「難解」というイメージがあると思うが、本作は比較的読みやすい。分量もそれほど多くないので、とりあえず受賞作を読んでみたいという方にもおススメだ。
また、白羽という「ムカつく変な人」が、自分を上回る「真正の変な人」である恵子に関わり、困惑したり唖然としたりする様子も、読んでいて面白い。本作にどこか「喜劇感」が漂うのも、白羽と恵子の関係が滑稽だからかもしれない。
それでいて、内容は濃い。さらっと読めるのに、なにか心に引っかかるものがある。恵子という女性をどういう風に捉えるかは人それぞれだと思うけれど、親近感を持って感情移入しても、まったく理解できないおかしな人として読んでも、なにかが心に刺さる。それは小さな針のようなもので、刺さった時はそれほど痛くないのだが、食い込んでずっと抜けないような、そういう「引っかかり」である。
コンビニで働くことで、「ちゃんと人間になっている」と実感できる恵子は、普通ではない。けれど、では普通とは一体何なのか。彼女が納得する説明を、私たちは本当にできるのだろうか?
文=雨野裾