その恋は甘いか、苦いか──八咫烏の秘めた思いをつづる外伝集【阿部智里さんインタビュー】
公開日:2018/5/12
異世界〈山内〉を舞台に、人の姿に転身できる八咫烏(やたがらす)一族の命運を描いた和風ファンタジー「八咫烏」シリーズ。昨年、全6巻に及ぶ第一部が完結し、一族のサーガに一区切りついた。阿部さんもさぞ大きな達成感を味わっているだろうと思いきや?
阿部智里
あべ・ちさと●1991年、群馬県生まれ。2012年、早稲田大学文化構想学部在学中、『烏に単は似合わない』で史上最年少の松本清張賞受賞によりデビュー。17年、「八咫烏」シリーズ第一部全6巻が完結。6月から、Webマンガサイト「コミックDAYS」にてマンガ『烏に単は似合わない』(マンガ:松崎夏未)の連載がスタートする。
「感慨はないですね。最低限、読者の方々にお見せしたいと思っていたところには到達しましたが、まだシリーズは終わっていませんから」
とはいえ、読者の反響については思うところがあるようだ。
「1巻の『烏に単は似合わない』は若宮の后選びという最小の世界から始まりましたが、6巻の『弥栄(いやさか)の烏』では八咫烏の世界そのものが小さなものだったと気づきます。そのメタ視点的な面白さ、構成の妙を意識してきましたが、そこに面白さを感じる読者の方はそれほど多くなかったようです。カタルシスが足りなかったかなと反省しています」
そうは言っても、読者の声を受けてストーリーを変えるつもりはない。
「作品世界の歴史は動きません。たとえ全読者に『こうあってほしい』と望まれても、物語が変わることはないんです。とはいえ、同じ事象を描くにしても、カメラをどう回すかによって受け取り方は大きく変わります。読者の方々にもっと喜んでいただける手法を採ることはできるはず。脚本は変わらないけれど、監督が違えば撮影手法も世界の見え方も変わります。そこが、私の腕の見せどころだと思います」
読後に本編を読み返すと二重三重に気づきがある
このたび刊行される『八咫烏外伝 烏百花 蛍の章』は、そんな阿部さんの“カメラワーク”が冴える短編集。
「本編を書く時には、定めたテーマに沿うようにカメラを回します。でも、中にはカットせざるを得ない部分も出てきます。それらを拾い集め、短編として構築し直しました」
これまで『オール讀物』に掲載された4編に加え、新たに2編が書き下ろされ、収録作品は全6編。阿部さんから見て、興味深い人間関係にフォーカスしたという。
「原作者の特権ですが、私はいつも八咫烏の世界に入って彼らの様子をボーッと眺めているんです。その中で、『ここ、面白いな』と思ったものをピックアップしました」
そう、阿部さんの執筆スタイルは、作品世界に入り込む没入型。本人いわく「中二病っぽいですが、その世界に“ダイブ”する感覚」。
「彼らの世界に入って、その様子を間近で見たり、脳内をチラッと見せてもらったりしています。時には、登場人物を違う次元に呼び出して話を聞くことも。彼らが進路に迷った時には直談判しに来ることもあります。最近うるさいのは、雪哉の信奉者である治真。『自分にできることは、雪哉の言いたいことを彼に代わって原作者に訴えること』という使命を感じ、スーツ姿で私にプレゼンしに来るんです(笑)。カメラマンとして世界にダイブして彼らの様子を切り取りつつ、映画監督として演者と語らい、編集作業を進める。そんな感覚で執筆しています」
6編のうち、5編は恋愛ものの短編。巻頭には「恋に焦がれて鳴く蟬よりも、鳴かぬ蛍が身を焦がす」という都都逸が掲載され、歌のとおり恋に身を焦がす八咫烏の姿が描き出される。全編通して読むと、この都都逸にも意味があることがわかる。冒頭を飾る「しのぶひと」は、浜木綿の筆頭女房・真赭の薄(ますほのすすき)と彼女に思いを寄せる澄尾の物語。4巻『空棺の烏』の舞台となった勁草院でのエピソードを描いている。
「『空棺の烏』で描けなかった、勁草院2年目の出来事を書きました。実は1巻を書いた時から、真赭の薄と澄尾がどうなるのか決まっていたんです。あらためて読み返してみると、澄尾が真赭の薄のことを気にしている描写が見つかると思います。私は『あとから読み直すと、気づきのある物語』が大好き。シリーズ本編にもそういった仕掛けを二重三重に入れましたし、外伝にも入れています」
「すみのさくら」は、若宮と浜木綿の過去を描いたこぼれ話。「まつばちりて」の主役は、2巻『烏は主を選ばない』に登場した秘書官の松韻(しょういん)だ。意外な人選に思えるが……?
「かなり初期の段階で松韻の運命は決まっていましたが、本編に組み込むと蛇足になります。そこで番外編として世に出すことにしました。本書の中でも、真正面から男女の情愛を扱ったのがこの短編。しかも、このタイミングで発表することにも意味がありました。詳しくは話せませんが、第二部にも関わってきます」
主要人物のひとり、雪哉の産みの母・冬木と育ての母・梓の関係を掘り下げた「ふゆきにおもう」も、「まつばちりて」と並ぶ出色の短編だ。雪哉は三人兄弟の次男だが、彼ひとりだけ母親が違う。父である雪正と冬木、梓の間に何があったのか、その裏側が明かされる。
「個人的にも気に入っているお話です。雪正の周囲には同年代の結婚相手がいなくて、すごく年上か年下かの両極端でした。そんな中、若いながらもしっかりしている梓に会い、『この人なら』と強烈に思うんですね。しかしその直後、梓の主である冬木に慕われ、縁談を持ち掛けられてしまいます。雪正からすれば迷惑な話ですが、家同士の関係で受け入れざるを得ません。しかも結婚してみれば、冬木は自分を馬鹿にしているように思えてならない。相性が致命的に悪かったんですね。それでも雪哉が生まれ、雪正も頑張って息子を愛そうとします。雪哉が幼い頃はそれで何とかなりましたが、年を経れば軋轢も生じます。温かい家族のようですが、雪正と雪哉本人だけが『雪哉は異物』と感じているんですね。そういった、ある意味いびつな家族関係の救いを描ければと考えました」
次なる「ゆきやのせみ」は、6編の中では異色のコメディ。
「完全なるおまけです。これだけ恋とも全く関係ないですし(笑)。雪哉が勁草院に入る前、若宮は身分を隠してあちこち出歩いていました。その中の1エピソードです。げっそりした雪哉、ぽわんとした若宮が、洞窟で膝を抱えて『お腹減ったね』と言うシーンが見えたことから、この短編が生まれました」
ラストを締めくくるのは、「しのぶひと」と対になる「わらうひと」。6巻での事件を経て、真赭の薄と澄尾の関係にも変化が生じている。
「1巻における真赭の薄は、イケメンで身分の高い若宮に恋をしていました。というより、恋に恋していたんですね。その後、運命の人である浜木綿に出会い、女房として仕えます。そんな彼女ですから、間違っても澄尾と運命的な恋に落ちるようなことはあり得ないと思いました。一方の澄尾は優秀な努力家ですが、これまで目立った活躍はありませんし、6巻ですべてを失っています。おそらく、かつての彼女だったら今の澄尾を見ても恋愛対象としては『ハ?』という感じだったでしょうね(笑)。ボロボロになった澄尾を、以前とは違った視点で評価出来るようになったのが真赭の薄の成長です。そしてそれこそが、この短編で私が一番描きたかったことでした」
ちなみに、副題の『蛍の章』は阿部さんが名付けたとのこと。今後の続章にも期待してしまうが……?
「確かに外伝のアイデアはたくさんありますが、早く第二部に取り掛かりたいという気持ちもあります。実はこの春から大学院を休学して専業作家になるので、どうなるのか自分でも楽しみなんです。八咫烏の世界にダイブするには時間がかかるのですが、これまでは大学院に行く時間になると水面に浮上しなければなりませんでした。でも、専業だと一気に潜水して、グーッと進めるかもしれません。来年早々には、第二部をお届けできたらうれしいです」
取材・文:野本由起 写真:高橋しのの