吉田鋼太郎「役者としても演出家としても、読書の積み重ねは欠かせない」

あの人と本の話 and more

公開日:2018/5/7

毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある一冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』で、詩心と漢気に満ちた剣豪だが、大きすぎる鼻のせいで報われない恋に苦しむ主役・シラノを演じる吉田鋼太郎さん。役者を目指す原体験ともなった一冊とは?

吉田鋼太郎さん
吉田鋼太郎
よしだ・こうたろう●1959年、東京都出身。97年、劇団AUNを結成。蜷川幸雄演出の『アントニーとクレオパトラ』『ヘンリー四世』などで主演を務め、蜷川の後を継ぎ「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の芸術監督に。映画『嘘を愛する女』、ドラマ『ゆとりですがなにか』など出演多数。6月1日公開映画『OVER DRIVE』出演。
ヘアメイク:新井はるか スタイリング:尾関寛子

「トイレに行くときもお風呂に入るときも寝るときも、本を肌身離しません」という吉田さんが選んだのは、庄司薫『赤頭巾ちゃん気をつけて』。学生運動の煽りで東大入試が中止になり、進路とともに人生を思索する高3の薫を描いた、永遠の青春小説として名高い作品だ。

advertisement

「初めて読んだのは16歳。知らない作家の言葉や思想がさまざまに引用されていて、描かれている“知性”の奥深さに強烈に惹きつけられました。そしてラスト、自分に笑いかけてくれる小さな女の子を前に、何があっても信念を貫き生きていくと決意する場面。邪心のない美しいものを守りたいという思い。胸を打たれた作品ですね」

 取材前には、同じく庄司薫の『白鳥の歌なんか聞えない』『さよなら快傑黒頭巾』、檀一雄『火宅の人』、つげ義春『ねじ式』『紅い花』とさまざまな本を候補に挙げてくれた。

「不思議なことに、庄司さんの本は何度読んでも初めて味わった感動が薄れず、変わらない。むしろ自分が変わっていないことを確かめるために読んでいるところもあります。だけど面白いものでね、『火宅の人』は主人公の奔放な生き方に憧れて実践してみたりもしたけれど、いま読むと“これじゃだめだな”と思ったりする。そんな自分で後悔はないけど、あの頃に戻れたらという気持ちもあります。守りに入ってしまってるってことですからね。そんなふうに、自分の中で変わるものと変わらないもの、そのどちらも読書を通じて再確認していますね」

 蜷川幸雄氏亡きあと、「彩の国シェイクスピア・シリーズ」の芸術監督を引き継ぎ、演出家としての活躍の場も広げる吉田さん。演出をするうえでも読書の大切さは痛感する。

「年齢や立場によって同じ作品でも感じ方は変わる。それを知っておかなきゃいけないし、自分以外の視点を持つためにはやはり本を読むことが必要なんです。でも今の若い奴は全然、読まなくてね。誰もが知っている名作でも、読んでないってことが多い。テレビの現代劇なら、それでも何とかなるところはあるんですが、舞台の、しかも古典となるとそうはいかない。解釈が単調になって、作品を今の自分のものにできない。選択肢の狭い芝居になってくるので、それが弱点だなあと」

 吉田さんは蜷川さん演出のシェイクスピア舞台で、主役も脇役も演じ切り、過去と現代をつないできた。5月15日より上演される舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』も日本で何度も再演されてきた古典演劇だ。

「僕はフランス演劇にほとんど縁がなかったですし、『シラノ~』はミュージカル版が多いので、ストレートプレイで上演されることも含めていい機会だなと思います。ただ、一幕からラストまで休む間もなく出ずっぱりなのがちょっと不安でね。僕ももうじき60歳なんで。シラノは剣豪だから立ち回りがあり、詩を朗々と謡いあげる長台詞もある。シェイクスピアの舞台にも出てるんだから大丈夫だろうなんて思われるかもしれませんが、シェイクスピアの脚本はだいたい主役以外の人物が活躍する場があるんですよ。そこでちょっと休めるんです(笑)

 近年、テレビ・映像への出演が増え、ファンが増えている手応えもあるという。

「前は、たとえば藤原竜也と舞台に立てば、僕がしゃべっていても、お客の99%は藤原を見ていたものだけど(笑)。今は2割、僕を見てくれているのを感じて嬉しくなります。舞台はお客さんの反応をじかに味わえるコミュニケーションの場。お客さんが泣いてくれたり笑ってくれたりするのが大好きで、それを目的に芝居しているところがあるので、どんなにきつくてもやっぱり舞台に立つのが僕はいちばん好きですね」

(取材・文:立花もも 写真:川口宗道)

 

舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』

舞台『シラノ・ド・ベルジュラック』

演出:鈴木裕美 出演:吉田鋼太郎、黒木 瞳、大野拓朗・白洲 迅(Wキャスト)、大石継太、石川 禅、六角精児ほか 日生劇場 2018年5月15日(火)~30日(水) 6月兵庫公演あり 
●ガスコン青年隊で近衛騎士を務めるシラノ(吉田鋼太郎)。類稀なる詩の才能と剣の腕をもつが人並み外れた大きな鼻のせいで恋を諦めていた。想う相手は従妹のロクサーヌ(黒木瞳)。同じ隊のクリスチャン(大野拓朗/白洲 迅)に恋した彼女はシラノに仲介を頼む。だがクリスチャンは詩心ゼロ。これではロクサーヌががっかりしてしまうと、シラノは代わりに愛の言葉を紡ぐことになるのだが……。