“言葉”と向き合う! 純文学マンガの新境地『ものするひと』とは!?

マンガ

公開日:2018/4/28

『ものするひと』(オカヤイヅミ/KADOKAWA)

 作家の仕事は 毎日 顔洗って歯を磨いて バイトして 飯食って 言葉のことを考える——。

 杉浦紺、30歳、職業、小説家。雑誌の新人賞を受賞後、警備員のバイトをしながら、小説を書いている。出版は不況でも、言葉で遊び、文学を愛する若き純文作家…。それが、この物語の主人公だ。

『ものするひと』(KADOKAWA)は、オカヤイヅミさんによる初のオリジナル長編マンガ。オカヤさんといえば、綿矢りささん、朝井リョウさんなどの人気作家15人に理想の「最後の晩餐」を聞いた、『おあとがよろしいようで』(文藝春秋)が話題だ。そんな人気作家たちと交流のある作者が、純文学の奥深い世界を描いたのが、本書『ものするひと』。

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 主人公の杉浦はひとり暮らしをしていて、丸一日バイトをしたら、1日執筆をするという生活を送っているが、そんな中、編集者と行きつけのバーへ行ったり、学園祭への出演を依頼されたり、同期デビュー作家の授賞式に出かけていったりして、多種多様な人々と会い、さまざまなことを感じ、考える。

■行きつけのバーでの『広辞苑』を使った“ゲーム”

 杉浦は編集者からの電話に応答し、「『たほいや』しません?」と提案する。「たほいや」とは、『広辞苑』を用いた珍しい言葉遊びのゲームだ。杉浦と編集者は行きつけのバーへ行き、そこにいる仲間と「たほいや」で遊ぶ。「言葉の意味」を使って騙し騙され、言葉と戯れる。作中ではこのような言葉遊びが随所で見られるが、「意味も無意味も、楽しい」そんな風に考える杉浦たちの、“言葉”に対する奥深い眼差しや豊かな感性に触れることができる。

■学園祭での出会いと、杉浦の秘めた思い

 杉浦はバーに居合わせた大学生から、「学園祭の企画で『たほいや』をやってくれませんか」と依頼を受ける。ラッパーや漫画家と一緒に出演することになったが、集客はうまくいかず…。そこで、アイドルダンスサークルに所属する、少し変わった雰囲気をもつ女子学生ヨサノとの出会いがあった。ヨサノは「就活とか、しなかったんですか、ふつうに」「就活しないって、怖くなかったですか」と迫るが、杉浦はこう思う。“俺が、「誰か」が信じて疑わない茫洋とした「普通」よりもずっと怖かったのは、書くのをやめることのほう。「0を1にすることで触れられる世界」を手放すことのほう”。静かなタッチだが、創作に対する思いが伝わってくる熱いシーンだ。

 タイトルにある「ものする」とは、「ある動作をする。ある物事を行う。『言う』『食べる』『書く』など種々の動作を婉曲にいう語」と『広辞苑』にあるが、なんだか素朴な響きの言葉だ。素朴な雰囲気、素朴な日常。その中にちりばめられた、文学や言葉に対する深い愛や、情熱。そして時折のぞかせる鋭さ。本書は独特の肌触りをもっている作品だが、読んでいるうちにその世界観の虜となってしまった。

 帯には作家の柴崎友香さんの、「ひそやかに楽しくて、ひりひりと幸福で、ずっと読んでいたい」という言葉や、地下アイドルの姫乃たまさんの「ああ、『滋味掬すべき作品』ってこれのことだったんだ」という表現が並ぶ。「滋味掬すべき(じみ・きくすべき)」とは、「静かに流れる日常と言葉の中から、心に広がる深い栄養がすくえること」だそうだ。言い得て妙、まさにそんな味わいのある作品だ。

 物語の後半では、杉浦とヨサノの関係が変わっていったり、杉浦の小説が文学賞の候補に選ばれたりと、新展開を思わせる場面が続く。続きが非常に楽しみな1冊だ。

文=山田麻也