高学歴でスペックは一流なのにイマイチな人こそ『キングダム』を読め! 百戦錬磨の元外交官が教える過酷な時代を生き抜く術
公開日:2018/5/2
歴史をテーマにした作品はいつの時代でも人の心をとらえる。その中でもマンガ『キングダム』(原泰久/集英社)は異色の存在かもしれない。同作品は『週刊ヤングジャンプ』に2006年から連載されている少年マンガ。中国の春秋戦国時代を舞台に大将軍を目指す少年と後の始皇帝となる秦国の若き王との立身出世物語である。この作品を単なる歴史マンガではなく、現代を生き抜くための戦略指南書として位置づけたのが『武器を磨け 弱者の戦略教科書「キングダム」(SB新書)』(佐藤優/SBクリエイティブ)だ。
本書は各章で題材の『キングダム』のシーンを引き合いに出しながら、著者の持論が展開されていく。個別の項目には「引き分けにこそ価値がある」「ドライだからこそ助け合える」など、世渡りのためのきわめて現実的な文言がずらり。こうしたサバイバル術はどこから生まれたのか。
佐藤優はかつて外務省のラスプーチンと呼ばれた人物だ。ノンキャリアで採用されたが、東欧・ロシアに精通しキャリア組と同様の待遇で迎えられるまで出世した。ところが、鈴木宗男事件で連座して逮捕・拘留され外務省職員としての座を追われる。現在は外務省時代に培った分析力や外交経験、そして文才を生かした文筆活動を行っている。これだけ聞くと、著者は腹の探り合いが日常的に行われている組織を渡り歩いてきたリアリストだという印象を持つだろう。一方、意外な面もある。著者は大学では神学を学び、修士号まで取得しているのだ。本書ではところどころ聖書に関する記述があったり、見出しにも「復讐は神に任せる」というものがあったりする。『キングダム』を友情物語としてとらえて解説を加える項では、贈与論の話まで。「恩恵は全て次の者へ」という哲学的な考え方や、その他多くの文学作品が引かれていることからも、教養の深さが感じられるだろう。そんな著者だからこそ一つの作品に多くの視座を見出せるのだ。
本書では一貫して「終わりから発想する」という目的思考の大切さを説いている。日本人には一生懸命さや、耐え忍ぶことを美徳とする価値観がある。著者はそうした風潮に対し「耐えることは大事だが、耐えるという行為は何らかの目的があってこそのもの」だと指摘する。
自分の人生というのは一つの作品だ。目的なくつくった作品、ただただ目的なく耐えただけの人生など鑑賞に値しない。大事なのは人生という作品に満足できるかどうか。死ぬときに、自分の目的は達成できたなと満足して、その作品の仕上がりを眺めながら世を去れるのが一番いいのだから
著者はリアリストでありつつも、文章は決して無味乾燥ではない。文芸作家ではないのに読ませる文章なのだ。『キングダム』が多くの人に支持されている理由として、心の奥底では本来、目的論的に生きたいと願いつつそうできていない人が多いからではないかと佐藤は分析する。どれだけ立派な志と学歴がありスペック的に優れていても、「現実を生き抜く力」がない人は、この複雑な社会を生き抜けないだろう。ドキッとした人にこそ一読をおすすめする。
文=いづつえり