「海賊版サイトのブロッキング」は何が問題? 揺れるマンガ海賊版サイト対策

社会

更新日:2018/5/2

 先月も取り上げたマンガ海賊版サイトを巡る状況が、ここ1ヶ月で大きく動いている。政府が4月13日に「短期的な緊急処置としてのサイトブロッキング」を認める方針を決定したことが、出版業界だけでなくIT業界や法曹界も巻き込んだ議論を巻き起こしているのだ。筆者はこの問題を議論するイベントを企画し、4月23日にそこで司会を務めた。今回はその模様をお伝えしたい。

(写真提供:天野治夫氏)

ブロッキングの前にするべきことがある

「海賊版サイトをブロック(アクセスできなく)する」ことの何が悪いのか? と読者は思われるかも知れない。マンガ家はじめクリエイターの努力の結晶である作品を盗み、そこから違法な利益を得る海賊版サイトの存在はどんなことがあっても許せるものではない。

 しかし「今回のブロッキングの決定過程には大いに問題があり、役人の仕事としては失格だ」と厳しく指摘するのは、国際大学GLOCOM 客員研究員の楠正憲氏だ。氏は、既に実施されている児童ポルノサイトへのブロッキングの検討にも関わり、総務省・経済産業省・内閣府などでの政策決定にも詳しく、今回の緊急ブロッキングにはTwitter(@masanork)上で早くから疑問を呈している。

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 サイトブロッキングを行うには、ISP(インターネットサービスプロバイダー)がユーザーの全ての通信を確認し、該当するサイトへのアクセスを遮断する仕組みが必要となる。これは憲法で保障された国民全員の「通信の秘密」を侵害することにもつながりかねないため、(1)現在の危難があり、(2)補充性(ほかに方法がなく)、(3)法益権衡(保護法益と被侵害法益を比較し、前者が後者を超えないこと)という3つの要件を満たしてはじめて「緊急避難」的に違法とならない、というルール(刑法第37条)だ。

 児童ポルノサイトは、明確に人権を侵害しており、3つの要件を満たしているため「緊急避難」としてのブロッキングが行われたわけだが、果たして今回の海賊版サイトのブロッキングは妥当なのか? 十分に検討が行われたかというと、報告書を確認しても数回触れられているのみで、根拠に乏しいと楠氏。しかも今回の決定は、政府側から具体的なサイト名を挙げながら、ISPがサイトブロックを行っても、その違法性を問わない、という言わば「忖度」を求めるような内容となっているのも問題視されている。

 では本来どのような議論や段階を経て、サイトブロッキングという決定が成されるべきだったのか? その案を示したのが日本複製権センター代表理事・副理事長であり、今回の決定を下した内閣府知財戦略本部で委員も務める瀬尾太一氏だ。

 ここで示されたように、海賊行為を行うサイトへの中止要請、利用者への要請(啓蒙)、そして広告掲載の中止、検索エンジンでの検索結果に表示されないようにすること、それらが行われた上で、今回のようなサイトブロッキング要請への段階へ進むべきだと、瀬尾氏。

 では、出版業界は、そのような対策を実施してきたのだろうか? フリーライター/ブロガーで本イベントを主催する日本独立作家同盟理事長の鷹野凌氏は、「取材に応じる形ではじめて削除要請などの対策を採っていることが示された」という。しかし、本来このような情報を提供しているべき出版広報センターのホームページにも、4月25日時点で対策については全く触れられていない(電子書籍にも出版権を認めた2014年の法改正前の情報で、対策を行う前提の権利がない、という表記が残っていることも確認できる)。

 匿名での参加となったが、電子出版と紙の書籍との市場分析を長く行ってきたデータジャーナリストのA氏は、「取材に答える形で出てきた対策も単なる箇条書きで、ではいつ、どのくらい数の侵害行為に対して削除要請が行われたのか? あるいは海賊版サイトがそれに応じた/応じなかったのか、が全く明らかにされていない」と指摘する。楠氏もそれに対して「要請の本気度が足りないのか、それは十二分に行われているにもかかわらず効果がないため、(ブロッキングのような)制度上の対策が必要なのかが、これでは判断できない」と応じた。

 この対策の中で最も効果があるという意見も多いのが、瀬尾氏がSTEP3として示した「広告掲載中止要請」だ。月間利用者数が1億人近くと膨大なアクセスを集める海賊版サイトだが、その収益の多くは広告に依存している。広告が表示されなければサイトを維持することもできなくなるはずなのだ。専修大学文学部教授で日本出版学会会長の植村八潮氏も「広告業界は共同規制(法規制と自主規制の中間的な位置づけのルール)が成り立っている」と指摘、広告業界として海賊版サイトへの広告出稿を取りやめる動きが出始めているが、この段階での対策がさらに進むことに期待をにじませた。

クリエイターと読者が求める本当の「対策」

 このイベントでは、法律や政策決定に詳しい専門家だけでなく、実際に表現の現場にいるマンガ家や研究者も招き議論に参加している。

「実は海賊版サイトや横断型サービスへの対策はアダルトマンガの方が進んでいる」と話すのは、美少女コミック研究家の稀見理都氏。氏の著書『エロマンガ表現史』は文字主体の研究書であるにもかかわらず、先日、北海道で有害図書指定を受けたことも話題となった。米国のアダルトマンガ海賊版サイトを、日本の出版社が吸収して公式配信を行うようになったような事例や、国内でも雑誌を横断的に網羅したアダルトマンガ定額読み放題サイト(Komiflo・月額980円)が始まっていることを紹介した。

 実際アニメなど他のコンテンツ分野でもいくつか海賊版から正規版に転換した先行事例があり、正規化したそれらのサイトは、他の海賊版サイトへの訴訟を起こす主体ともなり得るというメリットもある。

「読みたいのに良い手段がないから海賊版が成立する。僕は今回のことに対しても実はあまり怒っていない」と打ち明けたのはマンガ家の鈴木みそ氏だ。マンガ家の森田崇氏も「ブロッキング問題でも、『いかにマンガを読ませないか』という議論ばかりがされているように見える」と話す。たしかに電子出版でマンガが売れるようになり、セルフパブリッシングの可能性も高まってきているとはいえ、それだけで食べていくのは難しい。特に若年層にマンガを読む習慣自体がなくなってきているのではないかという点に危機感があるという。

 イベントではこのあと、では海賊版サイトに対抗しうるサービス、プラットフォームとはどうあるべきなのか、過去の失敗事例なども振り返りながら、登壇者・参加者が活発な議論を交した。海賊版やブロッキングの問題は、非常にネガティブな影響を出版の世界にもたらしているが、横断型サービスの実現やIT業界との連携、バリューチェーンの再構築への契機ともなりうることが確認できた。本連載でも引き続きこの動向を追っていきたい。

取材・文=まつもとあつし