こっくりさん、花子さんから異界駅まで……一家に一冊ほしい、現代怪異の大事典
公開日:2018/5/1
ページを開いた瞬間、感激で目頭を押さえた。喜びのにやにや笑いが止まらない方もいるだろう。『日本現代怪異事典』(朝里樹/笠間書院)は、戦後日本で語り継がれる怪異じつに1000種類以上を網羅した大事典なのだ。
公務員として働くかたわら怪異の収集・研究をおこなう著者(怪異ファンとしては、柳田國男翁を彷彿とさせるこの経歴にも反応せざるを得まい)がまとめあげた500ページにわたる事典には、わたしたちの日常と隣り合わせにあった、さまざまな怪異が紹介されている。
古くはこっくりさん。「明治時代から現代に至るまで多くの人々に親しまれている占いの一種であり、降霊にまつわる怪異」とはじめられる。10円玉を用いるおなじみの方法だけでなく、その起源や、こっくりさんによって生じた恐ろしい体験、各地におけるバリエーションなど、広範かつ厚い情報が端的にまとめられている。小学生の頃こっくりさんの亜種として流行していた“エンジェルさま”も盛り込まれていてぐっときた。
大正時代以降の日本では“幸福の手紙”が流行した。「一定の期間内に不特定多数の人物に同内容の手紙を送れば、何らかの幸福が訪れるという旨が書かれた手紙の怪異」という定義だ。大正11年にある新聞で“幸運の手紙”がとりあげられたことが確認されており、その後流行と沈静を繰り返してきたが、1970年代には幸運という要素がなくなった“不幸の手紙”も出回るようになった。現在では電子メールや電子掲示板にすみかをかえているという。携帯電話を買い与えられた時分に、さまざまなチェーンメールに加担したことが思い返される。
戦後すぐの怪異として忘れてはならないのが花子さんだ。“トイレの花子さん”は、「学校の三階の女子トイレ、その三番目のドアを三回ノックし、『花子さん、遊びましょう』と言うと『は~い』という少女の声がする」という文から、詳細な解説がはじまる。出現場所やノックの回数、呼び出した後の反応についてはやはり各地で多様だ。みなさんの学校にいた花子さんが掲載されているか、ぜひ確認してみてほしい。
1970年代はオカルトブームの時代だった。このあたりでカシマさんや口裂け女が登場し社会現象となる。カシマさんといえば一般的に、学校でカシマさんの怖い話を聞いた子どもの夢の中にあらわれ、手足を奪い殺してしまう、ただしカシマさんを回避するための問答を覚えていれば助かるという話が有名だろう。また口裂け女といえば、コートにマスク姿の女性との“わたし、きれい?”“これでもきれい?”のやりとりが典型だ。カシマさんや口裂け女についてはかなりの紙面が割かれており、噂の波及プロセスや使用凶器、対処方法、彼女らにまつわるサイドストーリーなどとにかく充実した記述が展開される。
1990年代に学校の怪談が大流行したことは記憶に新しい。夜中に動く人体模型や骸骨模型、表情が動くベートーベンやモナリザの絵、廊下で襲ってくるテケテケなど、学校にまつわるさまざまな怪異が全国に出没した。本書が徹底しているのは、可能な限り多くのバリエーションを網羅しているところだ。たとえばトイレに出没する怪異として“赤いちゃんちゃんこ”が有名だが、“赤いはんてん”“青いちゃんちゃんこ”“赤い服”など類似する怪異の項目がずらりと並ぶ。
忘れてはならないのが2000年代以降のネットロアで、“くねくね”“ひきこさん”“八尺様”さらには“きさらぎ駅”など、インターネットを騒がす怪異もしっかり登場する。出現が比較的近年だからか、インターネットという媒体ゆえか、ネットロアは読むたび身震いが止まらない。
本書の魅力は、情報量や読みやすさだけではない。豊富な資料や論文をもとに執筆されており、各項目では可能な限り出典が明記されている。情報の信頼度が高く、かつわたしたちもその気になれば原典に触れることができるのだ。また本文では怪異が五十音順にまとめられているが、巻末には“五十音順”“類似怪異”“出没場所”“使用凶器”“都道府県別”の索引が用意されているという、かゆいところに手が届く仕様。ありがたい、ありがたすぎる。
小学校の暗がりが怖かった、自室のちょっとした隙間にゾクリとした経験があるあなた。自他ともにみとめる怪異ファンのあなた。創作活動に精を出しているあなた。ぜひ1冊お手元にどうぞ。
文=市村しるこ