結局、“おいしい”ってなんだ?「世界一」を探してたどりついた意外な場所は……
公開日:2018/5/3
「料理人」と聞くとどんなことをイメージするだろう。外国や有名な料理店で修業した後、自分の店を持っている職人を思い浮かべるという人は多いと思う。『アマゾンの料理人』(太田哲雄/講談社)の著者、太田哲雄氏はそのような一般的な料理人のイメージとは一線を画す。太田氏は知り合いもいない中で、19歳のときイタリアに渡り、星付きのレストランのスタッフやプライベートシェフとして経験を積み、スペインやペルーでも研鑽を重ねた。一流の料理が提供される環境に身を置きつつも、心をとらえたのは郷土料理。郷土料理には人の暮らしの知恵が詰まっているからだ。中でも彼の人生観を大きく変えるきっかけとなったのはアマゾンで出会ったカカオ村だった。
その村の特産品はカカオ。質の高いカカオが採れるため、村のカカオは高級チョコレートの原材料にもなっている。パリで毎年開催されているチョコレートの祭典では、高額なチョコレートが飛ぶように売れる。しかし、その村にとって世界の高級チョコレートの市場は遙か彼方の世界。つまり、村はその恩恵を十分受けているとはいえない状況だったのだ。カカオをチョコレートにしてしまうから、加工業者だけが儲かるようになると考えた太田氏は、カカオをチョコレートビジネスではなく、そのまま料理の食材として扱うことを考える。太田氏によると、チョコレートにしないことでカカオの可能性は無限に広がるという。帰国後、太田氏はフリーランスの出張料理人や料理教室開催の活動を経て、2017年の秋に東京・三軒茶屋にレストランNATIVOをオープンする。NATIVOは、英語NATIVEのイタリア語およびスペイン語だという。
太田氏のテーマは「食べることと生きること」。日本で生活していると、季節に関係なく、ありとあらゆる食材を一年中好きなときに手に入れることができる。それも豊かさの一つの形ではあるが、私たちにとってそうしたことはすでに日常の一部であるため、豊かだとは感じられない。
僕が感じる「食の豊かさ」とは、こんなふうに自然の恵みと正面から向き合い、それを自分たちの血肉にしていくことの豊かさだ
食の豊かさとは本来、その時期に採れるものを味わうことなのだと思う。アマゾンではアマゾンでしか手に入れることができないものがあり、それも豊かさなのだ。塩とコリアンダーをまぶして茹でただけなのに、力強く濃厚な味のするアマゾン料理とはどんなものなのか。本書の中に登場するアマゾン料理は、食に興味を持っている人なら一度は食べてみたいと感じるものが多いのではないだろうか。
現在、著者はレストランのオーナーシェフであるとともに、料理を通じて、フェアトレードや環境問題など自らの関心と、その外側にある問題の解決につながる活動をしている。活動に賛同する有名シェフを帯同してアマゾンに行き、現地の人と同じものを食べ、眠ることもする。そうしたことを通じて、賛同者は問題に対する理解を深め、より強力なパートナーになっていく。自分一人でできることの限界を知り、上手に周囲を巻き込んでいる。「料理人」としてだけでなく、やり手ビジネスパーソンの一面も垣間見られる。
本書はグルメ紀行としても読めるし、社会問題を提起する作品としても読める。私はその両方として一気に読み終えた。特に、生産者にお金が回っていないという問題は、アマゾンのカカオ村だけでなく、日本の地方の農業地域でもいえることだ。著者の店にもぜひ行ってみたい。星付きレストランで修業したトップレベルの世界を見てきた料理人にしか作れない世界。「あえて」作り込まず、素材の味をしっかりと味わえる料理が楽しめるのではないかと想像する。
文=いづつえり