「自分でコントロールできないものは心配しない」 88歳ピアニストの人生を拓く言葉
公開日:2018/5/6
夏にむけてうきうきと楽しい気分の人もいれば、いわゆる5月病の人もいるかもしれない。期待していた学校がつまらない、新しく入った会社がキツい、早くも人間関係にうんざりしている…。
そんな未来に暗雲を感じる方に『エンドレス・ジャーニー 終わりのない旅』(秋吉敏子:著、岩崎哲也:聞き手/祥伝社)をおすすめしたい。88歳にしてニューヨークを中心に活動するジャズピアニスト(Monday満ちるさんのお母さんといってピンとくる人もいるだろうか)による仕事論。
昭和4年満州に生まれ、戦中戦後を生き抜き、オスカー・ピーターソンに見出されてアメリカに渡る。その人生が日本のジャズ史とも重なる秋吉さんだが、女性であること、人種差別、離婚や育児にともなうキャリアの停滞、病気…さまざまな困難があり、そのつど苦しみ悩んできた。そもそも音楽は好きだが得意ではないという思いがあり、毎日鍵盤を押すなどの努力を欠かさない。
彼女はどうして過酷な環境で仕事を続けられたのか? なぜ大きな成果を残せたのか? 今だから話せるというメッセージの数々に耳を傾けてみよう。
■仕事を続ける秘訣は「愛」、そして「まずいな」と思う気持ち
本書は聞き書きであり、「人生」「ジャズ、ピアノ」「作曲」「ミュージシャン達」「日本人であること」とトピックが分かれている。興味があるところから読めばいいのだが、全編に貫かれているのは音楽への愛だ。音楽を、ジャズを深く愛していたから幾多の困難を乗り越えてミュージシャン生活を続けることができた。2回だけ本気で音楽をやめようと思ったこともあるが、踏みとどまった。今でも「ピアノを弾いているときが一番楽しい」という。練習はそれほど好きではないとも告白しているが、愛するジャズのためだと思えば、嫌いでも頑張れる。
仕事を続ける秘訣のもうひとつは向上心。「まずいな」と思う点がいつもあり、それを克服する努力を常にしていたという。才能に恵まれているとは思っていない。改めよう、勉強しようという気持ちが強かった。だから女性であり、黄色人種であり、母であり、そして今は高齢でもあるが、仕事が途切れない。
「他人があれこれいうのは、自分ではコントロールできない。そういう、自分でコントロールできないものは心配しない。そのかわり、コントロールできるところで何か悪いところがあったら、直す。この簡単な二つのルールは、私の心を強くした」。
88歳の秋吉さんは、昨年88鍵のピアノで新作CD「マイ・ロング・イエロー・ロード」を発売した。音楽の仕事は、終わりのない旅だという。彼女の音楽は私達を楽しませ、同時に励まし続ける。
文=青柳寧子