“スリップ”って、知ってますか? 113枚のスリップから読む「書店を楽しむノウハウ」
公開日:2018/5/10
皆さんは書籍の“スリップ”をご存じだろうか。本に挟んである短冊上の紙片である。知っているあなたは書店員か元書店員だろうと思う。そんなあなたにおすすめの書籍がある。「スリップって?」と興味を持ってくれた、あなたにもおすすめしたいのが、『スリップの技法』(久禮亮太/苦楽堂)だ。情報が印字されている紙片「スリップ」が、書店業と書店をより楽しむきっかけになるという。
■意外と活用されていないスリップ
著者の久禮亮太(くれりょうた)氏はキャリア18年のベテラン書店員である。本書にはタイトル通り、書店業におけるスリップの活用方法が書かれている。ちなみに個人的な話だが、本稿のライターである私も複数の書店で計10年近くアルバイトをしていた。そのためスリップのことは知ってはいた。ただ色々活用する、と言われても正直ぴんとこなかった。
そもそもスリップの大きな目的は2つ。“発注”と“入金の申し込み”である。スリップは2つ折りにして書籍に挟んであるが、後ほどその折り目から切る。片方は“注文カード”といい、冊数を書いてトーハンや日版といった取次会社に渡すと、後日補充品が配本される。もう片方の“売り上げカード”は出版社へ送ると、集計枚数に応じた販売協力費(報奨金)が支払われる場合がある。
発注については、安価で高性能なPOSネットワークが普及した現在では、スリップの役割は終わりつつある。しかし、と久禮氏は言う。
スリップは売れた冊数や売り上げ金額といった抽象的な数字に化ける前の、具体的な売れたという事実を、個別にかつ大量に扱いながら考えるための優れた道具である。
■1枚の紙片からテーマや作者情報を読み、連想と想像を無限に広げる
書店員でなくても本屋に興味がある方なら、スリップが注文用紙であることは知っていたかもしれない。しかし久禮氏は皆さんの想像以上にスリップを活用している。“書店業務の進行や発注のメモ”として、また“品ぞろえを発想するヒント”にもしているのだ。活用法は大きく4つに分けている。
(1)備忘録
追加発注、関連する書籍を探す、陳列を手直しするといった作業を忘れずにあとで行うメモにする。
(2)業務連絡用紙
同僚へ情報共有や指示などの業務連絡をスリップに書き込む。同僚たちが自分で判断したほうがいい場合は、ほのめかす程度にメモしたスリップをおいておく。
(3)連想の引き金用メモ
「この本が売れたのなら、あれも売れるのでは」と連想できることもあり、そのアイディアをスリップに書き込む。似たテーマを扱って売れた既刊、似た経歴を持った著者など、あとで調べる手がかりになる短い言葉も書く。
(4)読者像のプロファイリングメモ
どんなお客様がなぜ買ってくれたのか、より詳しく想像し書き込む。複数冊購入の場合もスリップをまとめておき、組み合わせから想像する。読者パターンのバリエーションを増やしていくことで、書店員がひとりでは気づきにくい、さまざまな視点から発注や陳列ができるようになるという。
これらが書店員向けであるスリップ活用の実務だ。本書ではメモ書きした113枚のスリップ画像をもとに解説し、全237ページ中146ページと大きくページをさいている。特に(3)(4)の活用方法については、久禮氏のインスピレーションやクリエイティビティがうかがえるものである。
この実務は書店員ではない読者の方も知っていて損はない。スリップ1枚から書店員が真剣に妄想していることも楽しい。なじみの本屋でテーマも作者も違う本がなぜか並んでいるときに、この本から連想して並べたのかな? とか、こういう読者にまとめて買ってほしいのかな? と考えてみてほしい。“スリップからとは逆に”読者が推理するのも面白そうだ。
■スリップの技法で書店業と書店がより楽しく
久禮氏は書店員を楽しんでいる。そして書店員は楽しむべきだと書いている。もちろんスリップの技法を使って。仕入れた本を目の前でお客様が購入し、また来店してくれる、書店員はそんな小さな嬉しさや楽しさを味わうことができる職業だ。そして書店員のやりがいは自分で作れるものであると久禮氏は述べている。積んでみたが売れなかった、そこでへこたれず、次! と前向きに仕事を続けていく。そのためにスリップの技法はあるという。
無意識を読み解き、仮説を立て、仕入れ、店の売上を伸ばす。その起点となるスリップを使った品ぞろえの考え方と実践法で、書店業と書店そのものを、さらに楽しんでみてほしい。
文=古林恭