自信喪失からインフルエンザまで。心にも身体にも“効く”本とは?
公開日:2018/5/19
本を選ぶことは、音楽をかけることと似ている。そのときの気分に合わせたり、逆に変えようとしてみたり。その時々で自分が必要としていることに応える力があるように思う。癒やしにもなれば、活力にもなる。“万能の薬”のような効能が、読書の魅力なのかもしれない。
その“効能”から、何を読めばいいかがわかると便利。そんないわば「読書版・家庭の医学」のような本がある。『文学効能事典』(エラ・バーサド&スーザン・エルダキン:著、金原瑞人・石田文子:訳/フィルムアート社)は、読者の悩みや“病”に効く名作を教えてくれる事典なのだ。
例えば、周囲に溶けこめないときは『かもめのジョナサン』(リチャード・バック/新潮社)、楽観的なときは『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ/早川書房)、無職のときは『ねじまき鳥クロニクル』(村上春樹/新潮社)、インフルエンザにかかったときは『アクロイド殺害事件』(アガサ・クリスティ/東京創元社)などなど。心身さまざまな症状に応じて、世界的に有名な作品がずらりと並ぶ。何がどう作用するのか、本書の“処方箋”をいくつか紹介したい。
■ショック療法でユーモアたっぷり。読めば周りの景色が変わるかもしれない
1970年にアメリカで出版され、世界中で翻訳された『かもめのジョナサン』。同作は、主人公のかもめのジョナサンが、食べるために飛ぶのではなく、飛ぶことを極めるために飛ぶようになり、群れから仲間はずれにされる物語。世間的な評価は、「個性について示唆に富んだ物語」と「宗教的メッセージが強い物語」と二分している。
だが本書は、どちらにせよ「周囲に溶け込めないせいでみじめな思いをしている人にとって、即効性が期待できる薬」と断言する。同作は、馬鹿にされようと、周りに合わせる必要などなく、突き抜けていいのだというメッセージ性に富んでいるので、こうした悩みを持つ人を勇気づけると説く。
インフルエンザの処方箋に挙げられたのは、名探偵ポワロシリーズの『アクロイド殺人事件』。こちらは、ユーモアたっぷりに効能を解説する。
おそらく、釣り餌を拒むことができない魚と同じように、インフルエンザでつらいときでも、誰が犯人か知りたいという人間の生まれ持った好奇心のほうが、何もせずごろごろしていたいという欲求よりも強いのだろう。痛み、悪寒、発熱、咽頭痛、鼻水——これらの症状はポワロより早く犯人をみつけようという意欲にくらべれば、物の数ではない。おそらく、アガサ・クリスティーの筋書きを理解し、謎を解くのに要する知力は、インフルエンザで弱った灰色の脳細胞を、過剰な負担をかけることなく奮い立たせるのにちょうどよい程度なのだろう。
どうも患者は治りかけに同作を手にするそうで、犯人がわかったときには全快していそうだ。
■リレー読書のススメ? 複雑に絡まる悩みとつながる名作
楽観的なときに薦められているのは、ノーベル文学賞作家カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』。つまりは、現実をなめてかかると痛い目を見るから、善意だけで世の中を見渡しすぎないように、という教訓を学ぶための推薦書となっている。確かに衝撃の名作なので、不条理を疑似体験するのに、これ以上の良薬はないかもしれない。
もちろん、未読の人にもネタばらしにならないように詳細は控えたうえで、「楽観主義の治療薬としてひじょうに効果的」と太鼓判を押している。むしろ恐怖心を覚えるほど推しているのだが、「もしこの本が極端に効きすぎてしまったときには、『悲観的なとき』の項を参照して、ちょうどいいところまでもどってこよう」と、さらなる処方箋も示されているので、安心して(?)読めそうだ。
「楽観的なときに」が効きすぎたときのために、「悲観的なとき」の項も合わせて示されているというフォローの細やかさ。本書は他にも、あまり効果がなかったときのために、似た症状の処方箋のページも合わせて参照できるように示している。
例えば、『ねじまき鳥クロニクル』は、「無職のとき」の処方箋として紹介されているが、この参照ページとして、「野心がなさすぎるとき」「退屈なとき」「職を失ったとき」「やるべきことをさきおくりしてしまうとき」「チャンスをつかむのがへたなとき」も挙げられている。今ひとつ、効果がなかったときはこれらの参照ページに紹介されている本を読めば、効果は高まりそうだ。
病は気から。気分は変えればいい。世界中の叡智や体験談からなる物語で、いったん視野を広く見渡してみれば、自身の悩みや症状も軽く感じられるというもの。悩みがあるとき、辛いときには、ユーモアも存分に散りばめられた同書を開いて、オススメの名作を読み漁ってみてはいかが。
文=松山ようこ