自動車会社が消える? 最新鋭ジェット機よりハイテク化するクルマをめぐり業界に大異変

ビジネス

公開日:2018/5/19

『自動車会社が消える日』(井上久男/文藝春秋)

 今年3月18日と23日に米国で相次いで起こった、試験走行中の全自動運転車による事故のニュースは、日本でも話題になった。注目してほしいのは、全自動運転という最先端の試験を主導していた企業がいずれも、これまでなじみのある大手自動車メーカーではなく、タクシーの配車アプリとサービスで頭角を現したIT企業のウーバー(Uber)、そして、シリコンバレーに拠点を持つ新興自動車メーカー・テスラだったことだ。

 自動運転車の事故に関して言えば、2016年2月にグーグルも起こしている。なぜ自動車業界のニュースでIT企業や新興メーカーの動きばかりが目立つのか? トヨタや古参の自動車メーカーの現状はどうなっているのか? 

 そんな疑問の数々にズバリと答えてくれるのが、『自動車会社が消える日』(井上久男/文藝春秋)である。

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 20年以上にわたり自動車産業を取材してきた著者によれば、クルマのスマホ化(コンピュータ化、IoT化)が顕著になった自動車業界はいま、設計・製造・販売のすべての工程において、大きなパラダイムシフトの渦中にあるという。

 そこで生まれつつある構造的な変化や技術、台頭するプレーヤー(エンジニア育成の教育機関、自動車開発ソフトウェアなどのツールメーカー、半導体などの部品メーカーなど多種多様な立場で登場する)たち。また、クルマの在り方はどう変わり、今後どんな社会的な影響を与えようとしているのか。その中で、日本の自動車メーカーはどんなポジションにいるのか。新たに生まれつつある自動車業界の最新絵図を描いて見せてくれるのが本書だ。

■最新鋭飛行機よりもハイテク化している現在のクルマ

 クルマのスマホ化(コンピュータ化、IoT化)の現状をまずはお伝えしよう。著者は、“プログラム言語文字列の行数”の比較で、次のように端的に示している。ボーイングの最新鋭機「787」に使われる行数が約800万行であるのに対して、クルマはいま約1000万行あり、将来的には億単位にもなるという。つまり、著者の言葉を借りれば「(かつて鉄の塊だった)クルマは、今やソフトウェアの塊になっている」のだ。

 伴って、設計、製造現場も大きく変化している。著者が特筆するキーワードは、「バーチャル・エンジニアリング」(以下、VE)と呼ばれるシミュレーション技術だ。

 完全自動運転の実現には、AIに億単位のシーン(場面)を覚えさせる必要があるという。その作業をもし実際の試作車で行ったら、「完成までに100万年かかるという試算もある」そうだ。そこで登場したのが、バーチャル(仮想現実)上のシミュレーションでAIへのミッションを完結させてしまうVE技術なのだ。

 このVEの技術は、自動運転だけでなく、エコカーの世界標準になりつつあるEV(電気自動車)においても、キー・テクノロジーとなっているという。

■やがて自動車会社が淘汰され、消えてしまう日が来る!?

 気になる日本の自動車メーカーの現状だが、著者は、マツダがVEの導入で開発した「スカイアクティブエンジン」を成功例として取り上げているものの、「総じて日本の自動車メーカーはバーチャル・エンジニアリングで出遅れている」と記す。

 その原因を著者は、「匠の技」という日本のものづくりの強みとの相関関係をあげて解説する。VEは設計など、クルマ作りの上流工程を優先させた開発手法だ。ところが日本の自動車メーカーが重視してきたのは、匠の技が生かせる「生産技術」という中流工程である。こうした開発哲学の違いから、特に最大手のトヨタにおいてVEの出遅れが目立つと、著者は記している。

 現在起こっているパラダイムシフトでは、技術や構造変化のスピードが速く、組織が巨大過ぎたり、古い価値観にとらわれていたりすると対応が難しくなるという。

 本書には他にもさまざまな技術やその担い手が登場するほか、トヨタ、フォルクスワーゲン、日産、ホンダ、マツダなどの最新動向がレポートされており、各社とも問題点を抱える一方で、明るい材料があることもわかる。

 ただ、それでも新参のIT系企業が攻勢を強めているというのが、いまの自動車業界の現状のようだ。こうしたIT系企業に共通する強みは、「クルマを移動手段と割り切っているところ」にあるという。乗り心地よりもより安くとか、所有よりシェアなど、新たな価値観を消費者に広めていく可能性があるという。

 伝統的な自動車会社がもっと柔軟性をもってパラダイムシフトに臨まないと、やがて淘汰され消えてしまう日も来るのではないか、そんな著者の問題意識がそのまま、ショッキングな本書のタイトルとなっているのだ。

 本書で語られる自動車だけに限らず、メーカー企業の現状と課題、あるいはクルマをめぐる私たちの未来社会像を一望してみたいという方にオススメの1冊である。

文=町田光