AI、ブロックチェーン… ビジネスモデル「大航海時代」に必要なこと
公開日:2018/5/28
インターネットが新しいフロンティアである仮想空間を生み出し、IT革命と相まって現実空間をも変えようとしている。これは産業革命以降、堅固に築き上げられた旧来のビジネスモデルに大きな転換を迫るもので、500年前の「大航海時代」の再来である、と説くのが本書『「産業革命以前」の未来へ ビジネスモデルの大転換が始まる(NHK出版新書)』(野口悠紀雄/NHK出版)である。この転換期に躍進する国・企業・人の条件を、著者は大航海時代の勝者たちを生み出した仕組みを解き明かすことによって示唆する。
1519年マゼランはアメリカ大陸を抜けインドに達する海峡があると信じてスペインを出航。ついに南米大陸の端を回って太平洋に出る航路を発見し、人類最初の世界周航を果たした。彼は経済活動のフロンティアを地球規模に拡大する偉業を成し遂げたのだ。マゼランに限らず、コロンブス、ヴァスコ・ダ・ガマなど当時のパイオニアたちの活躍を支えたのは、個人や小組織の熱意に経済的なインセンティブを与える仕組みにあったと著者は述べる。
現代に例えて言うならば、彼らはスタートアップ企業の創業者で、ベンチャーキャピタル、つまり未上場企業への資金調達やリターンの配分の仕組みが、パイオニアたちの熱意を産業に発展させる原動力であったというのだ。
革新的なアイデアによるフロンティア発見がきわめて大きな利益と成長をもたらす現代は大航海時代に並ぶ歴史的転換点だと著者は言う。そう、現代のマゼランは、仮想空間にフロンティアを切り拓くGAFA(Google,Amazon,Facebook,Apple)などIT革命のチャレンジャーたちだ。彼らの躍進につながった要因に、大航海時代と同様、個人や小組織が活躍できる経済・社会の制度があると著者は述べる。
技術革新の速さは加速し、組織の意思決定のスピードが命運を決める。弱肉強食の「強」が大きいことではなく速いことに変わったのである。一方で、産業革命以降の成長モデルは「垂直統合」と言われる原材料から完成品まで自前でこなす組織化であり、多くの企業は、大きさこそが強かった時代のままだ。
組織化の負の面である縦割り、サイロ化は持病のようについて回り、意思決定を鈍らせる。ビジネスモデルの歴史的転換点において、エレクトロニクスをはじめとする日本の産業劣化の原因はビジネスモデル進化の方向が間違っているのだと著者は指摘する。それは企業自らの改革だけでなく、リスクテイクよりは安全志向を促す制度、失敗したチャレンジャーへの手薄な救済策、人材流動性の低さ、人材育成の方向性、など旧来のビジネスモデルを前提に置いた社会体制全体にあるという。
中国は、大航海時代当時スペインやイギリスよりも高い航海技術やより大きな船団を持っていたにもかかわらず歴史的転換に乗り遅れ、その後の500年の衰退に陥った。その中国も一気にその遅れを挽回しつつあるのが現代だ。著者は500年前の中国になぞらえて日本を憂う。旧世界が没落し廃墟の上に新世界が築かれようとしている今、日本は制度改革を進めない限り廃墟に埋もれてしまうのだと。「変化を進めるものは結局一人ひとりの変化だ」著者は今こそ歴史に学ぶことを強く推奨する。
文=八田智明
野口悠紀雄(のぐち・ゆきお)
1940年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタンフォード大学客員教授などを経て、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問。一橋大学名誉教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。