27歳で“元夫から返品”…なんで私が!?『おやすみ、ロジャー』『ヨガ友』…数々のヒットをつくる敏腕書籍PRになるまで

ビジネス

公開日:2018/6/1

こだわりがつまった奥村さんのご自宅にて

「本が好き」「人と人を繋ぐのが好き」という奥村知花さんの肩書きは、“書籍PR”だ。

 聞きなれない職業もしれないが、出版社から依頼があった新刊書籍を、3ヶ月にわたって、テレビやラジオ、雑誌、WEBなど、さまざまなメディアに「企画」として売り込むのが仕事。いわゆる「パブリシティ」といわれ、「本の宣伝」とも「書評家」とも違う。

 『王様のブランチ』『世界一受けたい授業』などのテレビ番組で本が紹介されることがあるが、その裏に“書籍PR”の奔走あり、というケースは少なくない。

advertisement

 92万部を突破した『おやすみ、ロジャー 魔法のぐっすり絵本』をはじめ、『長友佑都のヨガ友』『ワンダー Wonder』『肺炎がいやなら、のどを鍛えなさい』など、奥村さんが携わった書籍は、次々にヒット。出版社からの依頼は絶えない。そんな奥村さんが、この春、初の自著『進む、書籍PR! たくさんの人に読んでほしい本があります』(PHP研究所)を上梓した。本書は、やわらかい語り口で、“書籍PR”という仕事の全容を手ほどきしてくれる。

■敏腕PRといわれる奥村さん “元夫から返品”された過去

 ここ数年で「働きかた」はずいぶんと変わった。会社員という肩書きに固執せず、フリーランスとして「好き」を仕事にする人は増えたように思う。「出産、子育て」をのぞいて考えれば、女性が男性と同じように働き稼ぐこともめずらしくなくなった。

 奥村さんはというと、大学を卒業後、総合アパレル商社に就職。その後、レストランを経営する会社に転職し“PRのイロハ”を学んだ。2年半後、会社のM&Aがきっかけで転職することに。本好きが嵩じて、縁もあって28歳のときにフリーランスの書籍PRに転身、今年で16年目のキャリアとなる。

 一見、順風満帆の奥村さんだが、27歳のときに転機が。「モノポリーでいきなりふりだしというか、さらに3回おやすみみたいな」…元夫がドロンしたのだ。一方、周囲の友人は次々と結婚し、仕事も軌道にのって輝いて見える。自分だけちっぽけで孤独な人間に感じて焦っていた20代後半から30代、自分を認めることができない奥村さんの心はかなり疲弊していたという。振り返れば、「しなくていい結婚としなくていい離婚」だったかもしれないが、それがなければ“書籍PR”という道も、現在の旦那さんと再婚することもなかったはずだ。

『進む、書籍PR!』の「まえがき」に綴られているのでぜひとも読んでもらいたいのが、「結果オーライの神様」という考え方だ。それは、“奥村さんの今”を説明するに欠かせない。

「(当時は)肩肘張ってと思ったけど、焦ってもあんまりうまくいかないんですよね。自分のできることをコツコツやっていれば、ちゃんと見ていてくれる人がいて…やっぱり『結果オーライの神様』はいるんだって思って。

 クライアントや仕事の縁で繋がっている人や、自分の人となりを十分分かってくれている人がひゅっと突然掬い上げてくれるときがあるんですよね。それは、自分が頑張ってきたからなんじゃないかなって思うんです。ただ、やみくもに頑張れば何でもいいとは思わないですが、自分がコツコツひたむきにやっている姿があって縁や運が生まれるのかなと思うんです。

 それに引き寄せの法則じゃないけど、嬉しいとか楽しいって思っていたほうがハッピーな方向に物事が行くと思うんです」

 書籍PRになったのもきっかけは、1本の電話だった。奥村さんとかねてから付き合いのあったアップルシード・エージェンシーという作家のマネージメント会社の代表・鬼塚氏からの「今から15分後に目黒の出版社まで来られますか?」という電話。「行けます!」の即答で向かったのが、奥村さんの“書籍PR”としての人生のはじまりだ。

■書籍PRの必須スキルは「雑談力」と「発想力」

「商品知識はもちろんのこと、仕事だけだとどうしても人間関係は希薄になってしまいます。お酒は飲めないけれどお誘いがあればお酒の場にも行くし、ランチ会にも参加します。そこで生まれる“雑談”には『どんなふうにアプローチすれば売り込みが成功するか』のヒントがあって、交友関係も広がるんです。

 よく、プライベートでも“○○を活かすためには誰と誰を繋げよう?”って考えるのですが、そのときに必要なのが“発想力”です。依頼される書籍には、ポジティブな面だけではなくて、ネガティブな面もあって、それをどう“ウリ”に変えるかというときが、発想力の見せどころなんです」

知人に紹介してもらったリフォーム業者さんに内装をお願いしたそう。奥村さんが「ヤフオク」で見つけたタイルやドアがそのままインテリアとして使われている

「さらに、言ってしまえば『本のPR』は『ナンパ師』と同じ(笑)。ダメもとが当たり前で、A社がダメならB社に行って、ナンパに成功したら誠実なパートナーになるためにアフターフォローをします。相手に応えるには、ニーズを知らないといけません。そのためには、“とにかく足を使うこと”。昔から、頭で考えるより先に動いて、そのあと考えるタイプだった」

 という奥村さん。このフットワークの良さが奥村さんの武器になっているのだ。

■「“本が売れない”と言ってしまうのは危険」 本の未来はどうなる?

 書籍PRのほかに「本のしゃべりすと」という肩書きで、ラジオ番組の出演もこなす奥村さんに「本」の未来について伺った。

「私は、今のこの状況をあんまり悲観してないんです。例えば、書店とカフェがセットの営業スタイルが増えていて、そこで人が滞留するにはどうしたらいいか、人と本の接点をどう増やすかが試み出されているのかなと思うんです。

 本の楽しみ方は、『カラマーゾフの兄弟』読んだか? とか、うんちくばかりを語るものではなくなって、個人の楽しみのみに焦点が当てられた時代もあったけど、今はその向こう側にある人と人が繋がるツールとして『本』が再確認されていますよね。独立系書店や個人書店もブームになっています。

 そういう新しいカタチが次々と生まれていることに目を向けないで、“本が売れない”とだけ言ってしまうのは危険かなって思います。それは本に関わる私たちにも言えることです。出版不況なんて15年前から言われていることなので、その上で何をすべきかを考えたいですね。」

 学生の時、キャンパスで本を読んでいたら変人扱いされたという奥村さんだが…。

「いまの学生の方たちは、スマホはもちろん、マンガや映画、NetflixもLINEもあって、部活や受験もある。そりゃ時間ないよねって思うんです。学生時代は、青春を謳歌すればいいと思っていて、ただ、長じて“やっぱり本を読むって面白いな”と思えることが必要だとは思います。

 小さい頃、ヨタヨタしながらも自転車に乗れたときって楽しくなかったですか? その後ブランクがあっても自転車って乗ろうと思えば乗れて、読書もその感覚と同じなんですよね。

 それに、本は読んだ人にゆだねるものだから、その時々で思うことが違っても誤読でもいいと思うんです。

 大人になって谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』を再読したら、『電気ってすっげぇな! 明るいぞー!』って話だった(笑)。“賽(さい)は投げられた”ということわざも、塩野七生さんの『ローマ人の物語』を読んではじめて意味を知る人もい……、そうやって物事が繋がる楽しさを本で味わうことができるんですよね。大人になってからの気づきがたくさんあるんです」

 本への愛が溢れる奥村さんの話題は尽きなかったが、今後について聞いてみると…、

「今はちょっと頑張りどき、どうやって今を持続可能にしていくかというのも仕事のうちなのかなと思っています。あと5年はフルスロットでいけるかな」という答えが返ってきた。

 ぜひ『進む、書籍PR!』で、奥村流「仕事術」を知ってみてほしい。ひとつ安心できるのは、奥村さんにも失敗があるという事実だ。本書にはそのエピソードが書かれている。書籍PRに限らず、人生に活かせるヒントがきっと見つかるだろう。

 そして…いつかあなたも「結果オーライの神様」に出会えるかも?


奥村知花(おくむら ちか)
書籍PR/本しゃべりすと
1973年、東京生まれ。現在は、博報堂と業務提携し書籍PRとして活躍する。
2匹の愛猫(ドゥドゥちゃん、ペトロくん)と旦那様と暮らす。仕事とプライベートの間にすぱっと線をひかないのも奥村流。自宅で仕事の打ち合わせをすることも多いという。