「飛ぶ夢」は「自由に創造する力」につながる―『風立ちぬ』から考えるジブリワールド
公開日:2018/6/7
『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』『かぐや姫の物語』など数々の名作を監督した高畑勲が2018年4月に82歳で亡くなった。盟友・宮崎駿が「95歳まで生きると思っていた」と、涙を流して死を悼んだというニュースが話題になった。
テレビで放映されるとついつい見てしまい、何度見ても飽きず、何年経っても色褪せないスタジオジブリ作品。日本人だけでなく世界中が待ち望んでいる宮崎駿の新作『君たちはどう生きるか』は、2019年の公開はなくまだ先だという鈴木敏夫プロデューサーの言葉が報じられた。一方、新作短編『毛虫のボロ』(タモリが声と音を担当)の好評がネットを賑わわせていて、スタジオジブリ関係のニュースの波は途絶えることがない。
こうしたタイミングで、公開から5年弱経ったものの、現時点での宮崎駿監督最新作の理解をさらに深められる一冊が『風立ちぬ』(スタジオジブリ・文春文庫:編/文藝春秋)だ。作画監督・美術監督・色彩設計スタッフ・プロデューサーのインタビュー、監督・宮崎駿本人が書いた企画書など、作品に直接関わった人々の言葉はもちろんのこと、作家の柳田邦男、『珈琲店タレーランの事件簿』の著者・岡崎琢磨、女優の小橋めぐみ、その他多方面の視点が一冊にこめられた、盛りだくさんの内容となっている。
映画というものはストーリーを追うだけでなく、制作過程でスタッフ・キャストがどんな思いを抱いていたかといったことからも多くを知ることができる。書中でも宮崎駿や鈴木敏夫から声を絶賛されている瀧本美織が、ヒロインの菜穂子役を演じるにあたって宮崎駿から言われたという言葉は、シンプルで心に残る。
宮崎監督からは、「昔の人は生き方が潔い。必死に生きようともがく感じではなく、与えられた時間を精一杯生きている、そんなイメージで演じてほしい」とアドバイスを頂き意識して演じました。
2011年の震災と原発事故は、日本に暮らす多くの人にとって「生き方」「考え方」を変える大きな出来事だった。そして、それは宮崎駿とて例外ではなかったことが本書では紹介されている。
「与えられた時間を精一杯生きる」というフレーズは、誰も想像できない出来事が突如起きた2011年3月11日以降、より強い意味を持つようになった。
宮崎駿、そしてスタジオジブリの作家たち自身が、どのように震災後の世界を受け止め、精一杯生きてきたのかが本書には綴られている。臨床心理士の岩宮恵子は、大人になるにつれて「飛ぶ夢」を見なくなることを例にだしつつ、制作陣のクリエイティブな日々を私たちが想像する後押しをしてくれる(『風立ちぬ』劇中には、度々空を飛ぶシーンが登場する)。
飛ぶ夢は、自立のイメージだけでなく、固定観念や現実に縛られている大地から離れて、自由に創造する力ともつながる。だから年齢とともに創造していく力を失っていくことと、飛ぶ夢を見ることができなくなることはどこかで関係しているのだと思う。
『君たちはどう生きるか』と『風立ちぬ』は全く別の作品だが、同じ監督・スタジオが作るからには、過去作から何かしらが引き継がれる。『風立ちぬ』をより知ることは、未来の新作の理解を深めるだけでなく、私たちの「創造力」をもきっと刺激してくれるはずだ。
文=神保慶政