男色関係を疑われる、細君を奪い合う……一筋縄ではいかない文豪たちの友情
公開日:2018/6/10
社会生活を営む以上、避けて通れないのが人間関係だ。みなさんも、子どもの頃から現在に至るまで、さまざまな人間関係を経験してきたことだろう。そのなかに、印象的な友人や、忘れられない友情エピソードはあるだろうか。
『文豪たちの友情』(石井千湖/立東舎)は、文豪が築いた人間関係や友情を追う一冊だ。友情といっても、たんなる仲良しこよしでは終わらない。執着、敬遠、尊敬、嫉妬……さまざまな感情がせめぎあい、ときに押し隠し、ときに噴出する。さすがは文豪、人間関係も一筋縄ではいかないのだ。
本書は3つのテーマに分かれている。自他ともに認める親友関係、若くして亡くなった文豪の人間関係、そして愛憎入り交じる複雑な関係。テーマごとに章が設けられ、さまざまな文豪コンビが紹介されていく。
第1章の自他ともに認める親友関係では、佐藤春夫と堀口大學、室生犀星と萩原朔太郎、川端康成と横光利一などが主役だ。
与謝野夫妻に紹介され出会った佐藤と堀口は、出身も外見も正反対ながら、のちに「この二人の友情ほど純粋で美しいものは容易に見出し難い」と評されるほど親密な関係になったという。あまりの距離の近さに、彼らが通う慶應義塾の学部長だった永井荷風は、男色関係を疑ってしまったそうだ。
川端康成と横光利一は、菊池寛の家で出会った。こちらも唯一無二の親友関係になったのだが、横光の川端に対する人物評がおもしろい。はじめは「延びるべき新進作家」「批評の名人」などまともな評だったが、徐々にエスカレートして「立ち小便の名人」「地球の人間に非ず」などと進化(?)を遂げる。二人の距離感がうかがえるエピソードだ。
第2章の夭逝した文豪の人間関係では、正岡子規と夏目漱石、国木田独歩と田山花袋、芥川龍之介と菊池寛などのコンビが登場する。
正岡子規にとって夏目漱石は「畏友」であり、自分のペンネームを譲った相手だった。ともに切磋琢磨し、文学論を戦わせながらも、親しい関係を築いていった。暇をもてあます漱石が子規に送った手紙の「握り睾丸をしてデレリと陋巷(ろうこう)にたれこめて御坐る」という言い回しには、作品からのイメージとのギャップもあいまって笑ってしまった。子規が先立つまで、二人は海をへだてて手紙の交流を続けたという。
最後、第3章の愛憎入り交じる関係では、泉鏡花と徳田秋聲、谷崎潤一郎と佐藤春夫などが描かれる。
谷崎潤一郎と佐藤春夫の細君譲渡事件は有名だ。谷崎は千代子という細君がいながら、その妹(『痴人の愛』ナオミのモデル)に心惹かれていた。谷崎と親密な仲だった佐藤は、みずからも傷心中の身ながら千代子の相談にのるうち、彼女を愛するようになった。谷崎はいったん千代子を譲ると同意したものの、その妹との関係がうまくいかなくなったため離婚を撤回し、佐藤は恋に破れてしまう。谷崎と佐藤は絶交ののち和解し、千代子は佐藤と再婚することになった。これがかの有名な細君譲渡事件だが、本書では3人の間で送られた書簡などを引用しながら、より生々しく当時の関係にせまっている。
もちろん、友情とはたった一場面のみで理解できるものではない。友情には始まりがあり終わりがあり、終わりを迎えるまでは人目に触れないところでもずっと続いている。ときには終わりのあとにだって、続いているかもしれない。本書は文豪たちの出会いから別れまでを、キャッチーなエピソードだけに偏ることなく、彼らの感情までふくめて丁寧に描ききっている。どの章でも、ドラマチックな出会いに引き込まれ、濃厚な人間関係を味わったあと、胸には温かさと切なさが残るだろう。
文豪たちの友情を通して、それぞれの文豪の人となりや彼らをとりまく当時の文壇の状況、日本社会の状況までを知れる点も本書の魅力だ。さまざまな作品や資料を引用しながら、事実関係がつぶさに述べられる一方で、テンポのよい文体と「絵になる」描写の数々からぐいぐい引き込まれ、あっと言う間に読み終わってしまう。日本文学初心者、文豪初心者にもうれしい一冊だ。巻末には参考文献リストもついているため、本書をきっかけに、文豪たちについてさらに調べてみるのも楽しいだろう。
文=市村しるこ