「この指がなまなましく覚えている」味わい深いエロ! 【文豪に学ぶ官能表現講座】

文芸・カルチャー

更新日:2018/8/27

 文学と言われると、なにか崇高でお堅いものをイメージする方もいるかもしれないが、名作とされる文学にはかなり踏み込んだ性描写が実際多く存在する。ふだん我々が、単に「エロいなぁ」「興奮するなぁ」という言葉だけで済ませているようなシチュエーションや心理状態も、文豪の手にかかれば一層輝くのだ。「そんな言葉で例えるの!?」「こんなに細かく説明するの!?」「自分では言葉にできなかったけど、これを読んだら自分があの時どうして興奮していたのかが分かる気がする!」などと感じさせられる文豪たちの官能的な文章を5点ご紹介したい。

■湯上り姿は15~20分後が旬! ——谷崎潤一郎『痴人の愛』

『痴人の愛 (新潮文庫)』(谷崎潤一郎/新潮社)

 やはり文学に潜むエロと言えば、この人は欠かせない。谷崎潤一郎は性をテーマに描いた名作を多く生み出しているため学校で習うことは少ないが、そのクオリティは凄まじい。代表作『痴人の愛』は、真面目な男がいずれ自分の妻にするために15歳の少女を育てるが、次第に少女の魔性にとりつかれ下僕になっていく様子を描く物語だ。

一体女の「湯上り姿」と云うものは、――それの真の美しさは、風呂から上ったばかりの時よりも、十五分なり二十分なり、多少時間を置いてからがいい。風呂に漬かるとどんなに皮膚の綺麗な女でも、一時は肌が茹(ゆだ)り過ぎて、指の先などが赤くふやけるものですが、やがて体が適当な温度に冷やされると、初めて蠟が固まったように透き通って来る。

 誰もが共感できるようで、なかなか言葉にできない風呂上がりの女体のエロさが、かなり繊細に描写されている。15分なり20分なり~という部分に谷崎の真の変態性を見出した方も大勢いることだろう。

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■この人差し指が彼女をなまなましく覚えている―川端康成『雪国』

『雪国 (新潮文庫)』(川端康成/新潮社)

「書かないエロ(直接的な濡れ場を描くのではなく、比喩や背景描写でそれを匂わせる手法)」と評判高い川端康成の代表作『雪国』は、妻子持ちの男が雪国の芸者との逢瀬を重ねる物語だ。「君とは友達でいたい」と言いながらも結局関係を持ってしまった。彼女は魅力的だった。そんな彼女との初体験を回想しながらの2度目の逢瀬に向かう男の心境は、

結局この指だけが、これから会いに行く女をなまなましく覚えている

と描かれている。趣深い「大人のエロ」だ。そして汽車が駅に着き、例の芸者との再会のシーンでは

「こいつが一番よく君を覚えていたよ」

と言いながら左手の人差し指を差し出すのだ。うーん、ワルいなあ。

■男は女のこういう所に発情する―安部公房『砂の女』

『砂の女 (新潮文庫)』(安部公房/新潮社)

 安部公房『砂の女』は、砂の穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められた男の物語。その家の女は、埋もれる家を守るために男を引きとめておこうとする。砂に埋もれる空間にいる2人の男女。男が女に発情する場面の内面描写がたいへん芸術的だ。

女が、にじりよって来た。膝のまるみが、尻の肉におしつけられた。眠っていたあいだに、女の口や、鼻や、耳や、腋(わき)の下や、その他のくぼみの中で醗酵(はっこう)した、ひなた水のような臭いが、あたりを濃く染めはじめる。

「夏の昼下がり、汗だくで…」といったシチュエーションでのエロが好きな方にはたまらない表現だろう。セックスという行為の、極めて人間味の溢れる側面がこの1文に凝縮されている。

■“最高にエロいおっぱい”って? ―三島由紀夫『命売ります』

『命売ります (ちくま文庫)』(三島由紀夫/筑摩書房)

 三島由紀夫の“隠れ名作”とも呼ばれる『命売ります』は、自殺未遂をした男が必要のない命を依頼人に売り、文字通り命知らずのミッションに挑む物語。その序盤、依頼主の老人が殺害ターゲットである50歳下の妻の抱き心地について語るシーンの台詞が、とんでもなく味わい深い。

「これはすばらしい女でね。おっぱいがこういう風に両側へ、仲のわるい二羽の鳩のようにソッポを向き合っておる。あの体のすばらしさは何とも言えない。唇もそうだ。唇も上下へ、甘くだるく、ソッポを向き合っておる。」

 これは一部の男性は強烈に同感できるのではないだろうか。乳首がちょっと外側に向いたおっぱいの、何とも言えぬあのエロさを「仲のわるい二羽の鳩」と例えるのは素直に凄いとしか言いようがない。

三島由紀夫の好きなおっぱいは“離れ乳”!? ―三島由紀夫『潮騒』

『潮騒 (新潮文庫)』(三島由紀夫/新潮社)

 彼の代表作のひとつである『潮騒』は、上の『命売ります』とは文章のタッチは大きく異なるものの、似たようなおっぱいの描写が共通して見られる。作者のフェチが見えた気分になっておもしろい。『潮騒』は、孤島で暮らす少年と少女の恋を高潔な描写で切り抜いた作品。以下は少年が初めて少女の裸を見たシーン。

決して色白とはいえない肌は、潮(うしお)にたえず洗われて滑らかに引締り、お互いにはにかんでいるかのように心もち顔を背け合った一双の固い小さな乳房は、永い潜水にも耐える広やかな胸の上に、薔薇いろの一双の蕾をもちあげていた。

 でも確かに、わかる気がしてしまう。「そっぽを向いた」「顔をそむけあった」おっぱいは、どうしてここまで男心をくすぐるのだろうか。

 文豪ならではの比喩や描写は、“性”を扱う場面でもその凄さを発揮する。5分で見終わるポルノも悪くはないけれど、じっくりと踏み込んで強烈な後味が残るような“官能”を堪能してみてはいかがだろうか。

文=K(稲)