新日本プロレスの内藤哲也選手を主人公としたバトル漫画『HIGHER AND HIGHER! 新日学園物語』が連載スタート! 『プ女子百景』の広く。が描く、現実とフィクションのあわい。(インタビュー後編)
公開日:2018/6/17
実際のプロレスラーをモデルにした、まったく新しいバトル漫画『HIGHER AND HIGHER! 新日学園物語』。インタビュー前編では、本作の企画意図を著者である広く。さんに訊いた。後編では、広く。さんが、漫画家として本作に辿り着いた経緯と、なぜ内藤選手を主人公にしたのか、また物語を紡ぐ手がかりとしてどんなところから着想を得ているのかなどを取材した。
■「この漫画がきっかけでプロレスを知ってもらえたら、本望です」
――広く。さんがプロレス漫画を描くようになった経緯をうかがいたいのですが、美大に通っていらしたんですよね。
広く。:美大では漫画部に入っていたのですが、ちょうどそのころプロレスにハマりだして。部誌にプロレス漫画っぽいものを描いたりしていました。
――最初からプロレス漫画を描いていたんですね!
広く。:今思えばそうですね。大学を出た何年か後に、別のプロレスの漫画を新人賞に出して、青年誌に載せてもらいました。実在するプロレスラーに少年が勇気をもらい、いじめっ子に立ち向かう、というような話です。連載するために、今度はオリジナルのプロレスラーが出てくるものを考えようということになったんですが……ネームは通らず、結局自然消滅してしまいました。架空のプロレスラーを描きたいという気持ち自体が、私にはなかったんですよね。20代後半くらいだったんですが、自分がどういうプロレス漫画なら描きたいのか、模索する時期が続きました。
――苦しい時代があったのですね。
広く。:1回、完全に心が折れて。本当に、ポキッという音が聞こえた(笑)。アシスタントもやっていたんですが、その忙しさで自分の漫画がおろそかになって……。自信を失って、実家に帰ろうかと思ったんですよ。
――どうやってそこから復活していったのでしょう。
広く。:何かやってみようと思って、ブログでプロレス技をとりあえず100、描いて更新しようと思ったんですよ。
――ここで『プ女子百景』が登場するのですね。
広く。:はい。もともとプロレス技事典みたいなものを見るのが好きだったんですよ。当時、プロレス人気が低迷していたので、そういうものは出版されない状況だった。それなら自分で……というDIY精神で(笑)、私が描こうと。100技描くことを達成できたら何かが変わるんじゃないかという、願掛けみたいな気持ちがありました。そのイラストでグッズを作ったりもしてイベントに出てみたら、出版社の方にお声がけをいただいて。『プ女子百景』を出版していただくことになりました。
――手を動かしたことで道が拓けたのですね……。内藤選手に衝撃を受けるのはその後ですか?
広く。:ブログで描き始めたのが2010年なので、その翌年ですね。先ほど(前編)お話しした、2011年の10月10日の、棚橋選手のIWGPチャンピオンベルトに挑戦する試合を観て、大きな衝撃を受けました。それまでは特定の選手を応援するという観方ではなくて、プロレス雑誌をチェックしておもしろそうだなと思ったものを観に行く感じだったんです。プロレスを観始めて10年経って、ようやく一人の選手を「私の推しです!」と思いながら観るようになりました。
――内藤選手という「推し」に出会い、さらにずっと考えていた「どんなプロレス漫画が描きたいのか」の答えが見つかったというわけですね。内藤選手が創作のミューズだったというか。
広く。:インスピレーションを与えていただきました。1か月後にはもう(本作の前身となる)『HIGHER AND HIGHER』を描き上げていましたね(笑)。
■バックステージコメントが「原本」、雑誌記事が「サブテキスト」
――学園もので描こう、という発想も同時に出てきたのですか?
広く。:消去法だったんですよ。オリジナルの連載を考えていた時にも思っていたのですが、プロレス漫画の王道みたいなものは私には描けないなと。
――王道というと?
広く。:弱小プロレス団体経営者のお父さんと息子の間に確執があって、敵対する団体あって……というようなものでしょうか。それに今のプロレス業界の裏事情を反映したようなものも、そういうものも描けそうにないと。
――関係者に裏側を取材して描く、というようなものですね。
広く。:はい。あとは格闘技漫画によくある技術の説明も描けない。あれもだめだこれもだめだと消していって、描けるところだけを集約したら、「学園ファンタジー」という設定が残った。私は、実際の試合とレスラーのキャラクターと、レスラー同士の関係性以外のものを描きたくないし、描けないんだ、と。オフィシャルな情報だけで漫画を構成したい、と思ったんですよ。
――オフィシャルな情報というのはどのようなものですか?
広く。:試合やリング上のマイクパフォーマンス、試合後のバックステージコメントなどですね。バックステージコメントって、本当にプロレスが好きな人以外はまずチェックしないんですよ。でも実はそこで「昨日あいつはこんなこと言ってたけど、俺はこうだ!」とお互いのことを語っていたり、選手同士の関係がわかったりして、すごくおもしろいんです。そういったコメントを「原本」、雑誌のインタビュー記事などを「サブテキスト」として、そこからフィクションを作っていこうと思いました。
――以前、漫画で選手同士の関係やそこまでの選手の軌跡を知っておくと、次の試合をより楽しく観られる、という話をされていましたよね。「この物語の続きは、1.4東京ドームで!」みたいな楽しみ方ができる、と。
広く。:そうです、そうです。
――もちろん何も知らずに観ても楽しいのがプロレスですが、この漫画を読むことで、実際の試合がもっと楽しくなりますね。
広く。:会場で「あ! 漫画の中の人が動いてる! ほんとにいるんだ」と思ったりするのも楽しいですよね。もちろん「漫画と全然違う!」と思ったりするのもいいんですが(笑)。そういう意味でも、現役の選手を漫画にするというのが大事なポイントなんじゃないかなと思っています。
――偉人伝みたいなものではなく。今、試合をしている選手たちを漫画にして、現実の状況とリンクさせながら描いていくというのは画期的ですね。
広く。:でも振り返ってみると、『コミックボンボン』や『コロコロコミック』で、実際のスポーツ選手がギャグマンガになっていることがあったなあと。ハルク・ホーガン選手がモデルの『やっぱ!アホーガンよ』とか。それに親しんでいたというのが原風景としてあることに、最近気づきました。実在の人物を漫画にするのは難しい部分もありますが、あえてそこに挑戦するのもいいんじゃないかなと思っています。
――どんどん移り変わっていく現実のプロレスの動向を反映するわけですもんね。
広く。:主人公の内藤選手が実際にリング上でどうなっていくのかが未知数ですから。
■プロレスを知ったら、もっと生きやすくなるタイプの人がいると思うんです
――広く。さんの描き方を見て、自分もプロレス漫画を描いてみたいと思う方も出てきそうですね。
広く。:そうなったら、すごく嬉しいです! そもそも……最初にプロレス漫画を描こうと思ったのは、先ほど言ったようにプロレスの「暗黒時代」といわれる、人気が低迷している時代だったんですよ。でも、私は今のプロレスもおもしろいぞ!と思っていて。ただ、プロレス漫画など、プロレスにまつわる表現は、昭和の時代からずっとプロレスを観ている方たちがやっていることがほとんどだった。そろそろ、私たちのようなゼロ年代からのプロレスファンがプロレスを表現し始めてもいいのではないかと思ったんですよね……というとすごく偉そうなんですが(笑)。もちろん、それまでの表現を否定しているわけではなくて、新しい世代も、そこにどんどん加わっていけばいいのではないかなと。サッカー漫画も野球漫画も、同時進行でいろいろな新しい作品が連載され続けていますよね。
――そんなふうにプロレス漫画自体がにぎわうと、もっとおもしろくなりますね。
広く。:はい! 私のやっていることは変化球だと思うので、もっと王道のプロレス漫画も見たいですし、これからファンになる人たちがもっと斬新な発想で描き始めたら、もっとおもしろくなる。実際のレスラーがこんなにコンスタントにおもしろいことをやっているわけですから、描くことはたくさんある。
――海外の方が、日本人レスラーをモチーフに描くファンアートみたいなものもよく目にしますね。選手の方たちもそれを見るのを楽しんでいらして。
広く。:プロレスでバーン! と衝撃を受けて、絵を描き始めた人も多いと思います。プロレスは、表現というものと親和性の高いジャンルのような気がしますね。
――最後に、今後の意気込みを教えてください。
広く。:……がんばります(笑)! この漫画がきっかけでプロレスを知りました、という方が出てきてくれたら本望だなと。プロレスって、出会いの場が本当に少ないんですよね。野球やサッカーのように、たまたまニュース見て知る、というような機会もなかなかないので。プロレスを知っていたらもっと生きやすくなるタイプの人というのがいると思うんですよね……。
――どういうタイプの人だと思いますか?
広く。:いろいろと深く人生を考える人というか……面倒くさく考えたい人というか(笑)。そういう人がプロレスを観たら、人生がより豊かになると思っていて。出会っていたら好きになったはずなのに、残念ながらまだ出会えてない人がうっかり出会う……そのきっかけになれたら嬉しいですね。
――私も、10年前に出会っていたら10年分のプロレスラーたちの物語を楽しめたのに!もったいない!と激しく後悔しているところです(笑)。
広く。:大丈夫! いまからでも間に合いますから! この漫画に出ているあの人も、あの人も、現役バリバリなので、向こう20年は楽しめます(笑)。
『HIGHER AND HIGHER! 新日学園物語』
内藤哲也選手を主人公に、これまでの軌跡と、これからをリアルタイムで追いかける、新日本プロレス監修の学園漫画。憧れの棚橋弘至選手との出会い、年下のライバル、オカダ・カズチカ選手の登場、現在所属するロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンのメンバーとのユニット結成など、プロレスファンにはおなじみの出来事や試合が圧倒的な画力で描きだされていく。プロレスファン以外も、濃いキャラクターたちが繰り広げるバトル漫画として楽しめる。
広く。
ひろく●鳥取県生まれ。2004年漫画家デビュー。2014年に書籍化された『プ女子百景』(小学館集英社プロダクション)が話題に。2017年には続編『プ女子百景 風林火山』が発売された。現在、新日本プロレススマホサイトで、二階堂綾乃、キタザワとともに待ち受けイラストを、また『有田と週刊プロレスと』(Amazonプライム)オープニングのイラストも担当している。
取材・文=門倉紫麻