作家、書店員が考える「本と本屋の未来」とは?

文芸・カルチャー

公開日:2018/7/14

「出版不況」「雑誌、本が売れない」「海賊版サイトによるマンガ業界の大打撃」……この仕事をしていると、否が応でも耳に入ってくる“本まわり”のネガティブな話題。なかでも、閉店が相次ぐ全国の書店の厳しさは、群を抜いています。幼い頃、近所の本屋にマンガを買いに走っていた筆者としては、とてもさみしい……。

 ここでは、苦境の只中にある本屋事情をはじめ、出版社から作家まで、本にかかわる人々の苦悩や奮闘を綴ったエッセイを紹介します。

■『本屋という「物語」を終わらせるわけにはいかない』(松本大介/筑摩書房)

『本屋という「物語」を終わらせるわけにはいかない』(松本大介/筑摩書房)

 225万部のミリオンセラー、ロングセラーとなっている外山滋比古氏の学術エッセイ『思考の整理学』(筑摩書房)をヒットに導いたのは、岩手県盛岡市にある「さわや書店」に勤務する、松本大介さんという一人の本屋さんでした。

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 3月に発売された松本さんの新刊『本屋という「物語」を終わらせるわけにはいかない』には、さわや書店での仕事ぶりをはじめ『思考の整理学』ヒットの裏側も綴られています。

 松本さんと1986年に出版された『思考の整理学』が出会ったのは2007年のこと。その内容に感銘を受けた松本さんは、出版からすでに20年の時が経っていた『思考の整理学』を売り場に設置し、以下のようなPOPを書き添えました。

「“もっと若いときに読んでいれば…”
そう思わずにいられませんでした。
何かを生み出すことに近道はありませんが、
最短距離を行く指針となり得る本です。」

 このPOPに引き寄せられて多くの人がこの本を手に取ったことを契機に、出版社が全国的にフェアを展開。その後、東京大学生協と京都大学生協での年間販売数1位を記録し「東大・京大で一番読まれた本」のフレーズを本の帯に使用したことで、さらに話題を呼び、ミリオンセラーとなりました。

 一方で、社会現象のきっかけを作った松本さんは、メディアの取材対応に追われるうちに、次第に「思考の整理学の…」という枕詞が重荷と感じるように。

「自分で考えることを『思考の整理学』に教えられたばかりの、本屋としてはよちよち歩きの僕は、置かれた現実に対して圧倒的に実力が不足していた」

 松本さんは『思考の整理学』のヒットは、運が味方したことや名物店長として知られていた伊藤店長の存在、そして筑摩書房や東大・京大生協のおかげなので「取材で何かを聞かれるごとに、自分のなかの語るべきことの少なさに打ちのめされることが続いた」と当時の苦悩を振り返ります。

 その後、さわや書店フェザン店への異動が決まり、おもに店作りを担当することになった松本さん。本屋としての実力をつけるための日々がはじまりました。以降もさまざまな挑戦を試みましたが、すべてが期待通りの結果だったわけではありませんでした。同書には、松本さんの挑戦の日々もしっかり描かれています。

 そして『思考の整理学』のヒットから10年をかけて“実力”をつけた松本さんは、著書の後半で「さわや書店」と「本」の“これから”についても、思考を巡らせています。近年、カフェを併設したり、雑貨コーナーを設けたりするなど、複合化する本屋が増えていることに触れ、本屋の複合商材として松本さんが提案したのは「不動産」でした。

 本屋と不動産……字面だけでは、どんなビジネスになるのか想像もつきませんが、本書に綴られた理論を読めば、膝を打つ読者も多いはず。さわや書店流の生き残り術、ぜひご一読あれ。

■『拝啓、本が売れません』(額賀澪/ベストセラーズ)

『拝啓、本が売れません』(額賀澪/ベストセラーズ)

 ゆとり世代の新人作家・額賀澪先生が、編集者や書店員、果ては映像プロデューサーまで、さまざまな職種の仕事人に取材をおこない、「本を売る方法」を模索する同書。この本にも前出の松本さんが「店頭からベストセラーを生み出す書店員」として登場します。本屋の役割が変化していることを、以下のように語っています。

「もうこんな話、聞き飽きたでしょうけど、ネットとかスマホとかがこれだけあふれてれば、書店はもう情報収集の場じゃないんですよ。だから〈情報収集のその先〉が、さわや書店のコンセプトなんです。今取り組んでいるのは、〈書店を介した面白い体験〉を地域の人と一緒に作ることです。(中略)お店の外から人を引っ張ってくる努力をしないと、これから書店ってますます苦しくなるだろうね」(松本さん)

 ネットで情報収集をして、本もネットで購入……本の消費スタイルが変わった今、本屋に足を運ぶ習慣がない人も増えていると思います。そんな時代に、さわや書店が新たな戦略として選んだのは体験の提供。さわや書店各店では、さまざまなイベントを催し「普段書店に来ない人」を本屋に引っ張ってくる努力をしているそう。

 一方、その話を聞いた額賀先生も、作家として「お店の外から人を引っ張ってくる」ことを意識している点があるとか。

「書店の外からはもちろんですけど、額賀の本を読んだことのない人とか、額賀を知らない人に上手いことアプローチしていかないといけないなと最近思っていて、今進めている企画は『なるべく巻き込む人を多くする作戦』というのを実行しているんです」(額賀先生)

 額賀先生の作戦とは、作品を執筆する際により多くの人に取材をおこなうこと。関わった人の数だけ「額賀のことは知らないけど、取材した人には興味がある」人が増えていくことに気がついたそうです。

 作家や店の“外”から人を引っ張ってくることはこれからの本屋と作家にとって、解決策のひとつとなるのかもしれません。

 同書には特別付録として小説『風に恋う』(仮)が掲載されています。額賀作品としてでなく、この本に“巻き込まれた誰か”に興味を持って手に取った人も、本の流れに乗って額賀先生の小説が読めるという構成もニクい。一粒で二度美味しい一冊となっています。

 作家の手で生み出され、本屋に並ぶ本。長い時間と、手間をかけて読者のもとに届いた一冊を大切にしたくなる2作でした。

文=真島加代(清談社)