優れた科学研究の裏には背筋も凍る恐ろしい人体実験が…闇ある研究に魂を奪われた科学者たち
公開日:2018/6/30
現在、便利で豊かな生活があるのは科学の発展のおかげといっても過言ではないだろう。たとえば、木の棒で火おこしをしなくても指一本で火を付け料理をすることができる。荒波に乗り命をかけなくても居眠りをしながらひとっ飛びで海を渡ることができる。家事などの生活面や交通の便がよくなっただけではない。かつては不治の病といわれた病気の解明がなされるなど医療の発展により多くの命も救われているのだ。
しかし、そんな人々の生活の発展の裏にあるのは誇るべき科学者の活躍だけではない。科学には黒い歴史も存在し、多くの人々を翻弄してきた。そんな暗部ともいえる、科学の歴史と闇の研究に魅了された科学者たちの姿を紹介した本がある。『闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか』(NHK「フランケンシュタインの誘惑」制作班/NHK出版)だ。
本書はNHKのドキュメンタリー『フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿「人工知能を予言した男」』で放送されたもののうち、残酷な人体実験により科学の頂点を極めようと試みた科学者だけをまとめて書籍化したものだ。フランケンシュタインが理想の人間を作ろうとして恐ろしい怪物を生み出してしまったように5人の科学者たちによって残酷な結果を導いてしまった事件の詳細が明かされている。
史上最悪ともいわれる現ポーランドのアウシュビッツ強制収容所で起きた大量虐殺では多くのユダヤ人とともに障害者や病気を持つ何の罪もない人々も非道な扱いを受け、命を奪われた。そして、それを主導したのが人類遺伝学者のオトマール・フォン・フェアシュアーだったという。
彼らが思う“優れた人間”だけが生きるユートピアを作るために、法律のもと強制的に病人や障害者に不妊手術を受けさせ、さらには、遺伝子解明のためにと収容者を人体実験の道具にした。人体実験の標的にされた人の中には、血液がなくなるまで採取されてしぼんだビニール袋のように倒れた者や、眼球や内臓を集めるためにと殺害された者も少なくなかったという。
2004年に発覚した“米軍によるアブグレイブ刑務所におけるイラク人捕虜虐待事件”を誘発したともいわれている「スタンフォード監獄実験」は、社会心理学者フィリップ・ジンバルドーが行った心理実験だ。「条件さえそろえばどんな人間でも残虐行為に走る可能性がある」ことを解明したいという、ひとりの学者の過剰な科学的好奇心により行われた史上最悪ともいわれる実験である。この実験では被験者となった優良な学生たちが心理実験の経過とともに獣のように豹変した。そして、実験の効果とはいえ、そんな自分たちのおぞましい行為を知った学生たちは、その後、心に深い傷を負う。本書では被験者だけではなく、実験が進む中で変化するジンバルドーの様子も克明に明かされていて読み進めていくうちに背筋が凍りついていく。
科学研究の第一人者となりたい、自分の発見を実現させたいという思いだけにとらわれて多くの人を犠牲にして生きた科学者たちは、その後さまざまな顛末を迎える。そして、彼らがすべてをかけて追究した闇の科学は現代にもさまざまな影響を与えていたり、関わりを持っていたりしているという事実も本書では明かされている。
現役の科学者たちが出演したTV番組と同様に本書でもそれぞれの事件について海外の識者や日本の科学者たちからのコメントが載せられている。同じ立場だからこそ理解し、危機感を覚える現代の科学者たちの言葉や最前線の科学事情を知る識者らの発言は、事件の背景をより深く知り、今後の科学がもたらす恐怖を実感する助けとなるだろう。
人が生き、より便利で快適な世の中を求める限り、科学者たちの活躍は求められる。そして、偶然のタイミングや時代の潮流で科学の闇と社会の需要がうまくマッチングしてしまったとき、かつて起きたような残酷なできごとが再び私たちの身にふりかかる可能性は十分にあるのだ。
書籍化のもととなった番組は、過去のことを過去と捉えずに現代の科学との関わりを明確にすることで今の問題として考えるきっかけを持ってほしいという願いを込めて作られたという。ぜひ、本書を通して人間の発展とは何かについて見つめ直してほしい。そして、すべてが思い通りにならない社会であっても豊かに生きる方法や必要となる“発展”を選ぶことの大切さをあらためて考えてみてはいかがだろうか。
文=Chika Samon