これからの時代に求められる「新しい能力」 コミュニケーション能力、リーダーシップ、責任感は新しくない!?

社会

公開日:2018/7/3

『暴走する能力主義 ―教育と現代社会の病理』(中村高康/筑摩書房)

 6月1日から新卒者の採用選考が解禁された労働市場。5月31日までにもうすでに選考のための面接が始まっているという就活生も少なくなく、また就活生の半数がこの時点で企業からの内定を持っているともいわれている。しかし、何はともあれ経団連が示した指針に基づけば、これからが公式な選考の始まりなのである。

 この採用選考で企業側が見ているとされているのが、コミュニケーション能力やチャレンジ精神、創造力、責任感などの「能力」だ。これらの能力はテストで測ることが簡単ではない能力として、専門用語で「非認知的能力」と呼ばれている。その一方で、テストで測ることができることから「認知的能力」とも呼ばれる大学在学中の成績などの学力は、現在の採用選考過程では―最低限のものはチェックされているにしても―あまり重要視されていないようだ。

 先に挙げた「非認知的能力」はこれからの時代に必要とされる「新しい能力」群の例であるが、この新しい能力とは一体何なのであろうか。そしてそれは本当にこれからの時代に必要とされる「新しい」能力なのであろうか。

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 そこで本稿では、昨今の「新しい能力」に対する議論に独自の視点から切り込む『暴走する能力主義 ―教育と現代社会の病理』(中村高康/筑摩書房)での能力に関する議論を見ていきたい。

■コミュ力、責任感、創造力、チャレンジ精神は「新しい」能力か?

 上に述べた通り、昨今いろいろな場面でコミュニケーション能力、責任感、創造力、チャレンジ精神のような「非認知的能力」が取りざたされ、これからの時代に必要とされる新しい能力として崇められているようだ。しかし、ここで冷静になり立ち止まって考えてみたいのだが、これらの能力は本当に「新しい」能力なのだろうか。

 本書の著者である中村氏は、これらの能力が1960年代以降盛んに取り上げられており、決して目新しい能力ではないと述べている。たしかに、1960年代にはすでに『日本国語大辞典』(小学館)に、あまりポジティヴなイメージのもたれない「ガリ勉」という言葉が掲載されていた。この言葉が辞書に載っているということは、世間で広く使われているということを意味しているが、まさにこのことが当時から「勉強だけができる人間」ではいけないという認識が世間一般にあったということを示しているのである。

 こうした観点から「新しい能力」をとらえてみると、勉強ができる以外にコミュニケーション能力とか責任感とかリーダーシップが必要である、との議論はいまに始まったことではないというのは火を見るよりも明らかだ。

■総合的な知の力や能力を測るのに現行の大学入試制度ではダメか?

 能力を測ることについていま盛んに言われているのが「大学入試」だ。現行の大学入試制度は知識の暗記とその再現が中心で、総合的な知の力や能力を測るのには適さないという議論が各方面でなされている。

 たしかに、大学入試センター試験にはそのような側面がないわけではない。しかし、旧帝大レベルかそれに準ずるレベルの国立大学の2次試験や早慶上智、MARCHなどいわゆる難関校と呼ばれる大学の一般入試の問題には、単なる知識の寄せ集めでは解答できないような設問が少なくない。

 それに、多くの私立大学の推薦入試やAO入試における面接試験や小論文試験などでは、学力だけでなくコミュニケーション能力や主体的に考える力も―厳密なテストによる測定ではないが―きちんと考慮されているように思えてならない。

 能力は測ることのできるものかという問題はここでは少し脇においておくが、とにかく現行の大学入試が能力による選抜のためには、まったくもって適さないという主張はひとえに正しいとは言えないようである。

 ここまで、本書に即して新しい能力および現行の大学入試制度について論じてきた。これらは本書のごく一部の議論で、わたしたち一般人が興味・関心をもちやすいものを選んでここに書かせてもらった。それゆえ本書の内容を体系的に紹介することはあまりできなかったが、本稿をきっかけに能力主義の暴走についてより深く知りたいという方にはぜひ本書を手に取っていただきたい。

文=ムラカミ ハヤト