乙女な“大仏”と男前な“鹿”の日常に、なぜかキュンとする! 奈良発のロマンチックコメディ『ならしかたなし』

マンガ

更新日:2018/7/24

『ならしかたなし』(雪野下ろせ/白泉社)

「奈良県」と聞いて思い出すのは、大仏と鹿。むしろ、それ以外に思い浮かばない。奈良県在住の方々には申し訳ないが、一般的なイメージはそのようなものなのではないか。

 しかし、大仏とはあくまで“東大寺にある仏像”であり、鹿は“動物”だ。誰も、大仏を“制服を着たピュアな女子高生”だとは思わないし、鹿を“関西弁で喋るナイスガイ”だとは思わない。

 だから当然、『ならしかたなし』(雪野下ろせ/白泉社)を読んだ人は、1ページ目から混乱するだろう。そこに描かれているのは、大仏顔の女子高生とクールで物知りな鹿が奈良公園でお喋りをする日常だからだ。

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 まず「大仏顔の女子高生」の時点で突っ込みたいのだが、この物語はその設定を丸無視した世界観のまま進んでいく。ついていけない人は置いていくよ、という作者の強気を感じる、一切の説明のなさ。

(c)雪野下ろせ/白泉社

 大仏顔の女子高生・しゃな子は、惚れっぽいが、驚くほどに純真かつシャイで、何か悩みごとがあるとすぐに鹿の鹿男(しかお)に相談する。鹿男は彼女の天然なところに突っ込んだり、呆れたりしながらも、決して彼女を見捨てない器の大きい男だ。

 放課後、決まった場所で関西弁での2人の掛け合いでストーリーが進んでいく様子は、此元和津也が描く『セトウツミ』に近いものがある。まるで漫才のようにテンポのいい2人の会話は、その不可思議な設定抜きにしても、かなり面白い。基本は各話完結で短いストーリーだが、キレキレの鹿男のツッコミのせいか、一話ごとの満足度も高い。

『セトウツミ』と違う点は(見た目の世界観からしてまるで違うのは置いておいて)、そこで話す2人が男と女であり、どうやら、男の方は女の子の方に好意を抱いているようであるところだ。

(c)雪野下ろせ/白泉社

 あるとき、修学旅行中の学生に一目惚れをして話しかけるも玉砕したしゃな子。しかし、落ち込みながらも、それまで相談に乗ってくれていた鹿男に「鹿男くんがいてくれたから 私 勇気出せてん ありがとうな」と微笑む(?)。神々しい顔をした、迫力満点のしゃな子の横で、細い脚を折りたたみ、華奢な首を伸ばす鹿男。彼女の顔を見ながら「この笑顔の魅力に気づけへんなんてアホな男もいたもんやな」と内心呟くのだ。

 これは、ただ大仏と鹿が関西弁で話すギャグ漫画ではない。そこには、しょっちゅうイケメンの男の子に惚れてしまうしゃな子の話をじっと聞き、ときにキレキレの関西弁で突っ込みながらも決して離れず、口は悪いがたまには褒めて自信を与える、そんな鹿男の男前な姿と、彼が抱く健気な恋心が描かれているのだ。

 セリフだけ読むと、普通にキュンとくるラブコメだ。ただ、大仏と鹿という絵力が強すぎて、キュンとすると同時に混乱する、なかなか難儀なギャグ漫画である。しかし、読み進めていくうちに、この独特な世界観から抜け出せなくなっている自分もいる。まさか自分が、大仏顔の女子高生と鹿の2人にラブロマンスが生まれることを祈り始めるとは思わなかった。ある意味奈良のイメージが変わる危険な作品だ。

文=園田菜々