10代にも中年にも染みる、祈りの物語! 宮部みゆき、傑作現代ファンタジー『過ぎ去りし王国の城』

文芸・カルチャー

公開日:2018/7/7

『過ぎ去りし王国の城』(宮部みゆき/KADOKAWA)

 この本を読んでいて、中学3年の春休みのことを久しぶりに思い出した。無事受験を終えた解放感と、春からスタートする高校生活への不安。中学生でも高校生でもない、気楽なようでちょっと心細いマージナルな人生の一季節を、6月15日に文庫版が発売された宮部みゆきの傑作ファンタジー『過ぎ去りし王国の城』(宮部みゆき/KADOKAWA)は、鮮やかにすくいあげている。

 主人公の尾垣真(しん)は、推薦入試によっていち早く受験シーズンを終えた中学3年生だ。ある日、母親の使いで銀行を訪れた彼は、壁に貼られていた一枚の絵に目を留める。そこに描かれていたのは森に覆われた、中世ヨーロッパ風の古城だった。

 ひょんなことから絵を持ち帰ることになった真は、奇妙なことに気がつく。画用紙に指を押し当てると、絵の中の世界をVRのように体感することができるのだ。そのうえ自分のアバター(分身)を描きこめば、広大な異世界を歩きまわることも可能だ。

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 真は絵の上手なクラスメイト城田珠美に声をかけ、リアルな山ツバメを描きこんでもらい、古城を目指して飛び立った。ところが城の尖塔の窓に、幼い少女の姿が見えたことから、ささやかで楽しかったはずの冒険は一転、不穏なものへと変わってゆく……。

 絵画や書物、映画の中に主人公が入りこむ、という展開はファンタジーでは定番のものだろう。本書がユニークなのは、そこに「アバター」という要素を加えたこと。描かれたアバターは主人公の感覚や行動に直結しており(たとえば鼻と口を描かなければ絵の中で呼吸ができない)、描きようによっては水や食料、武器も持ちこめる。ゲームマニアで知られる宮部みゆきらしい設定といえる。

 この絵はいつどこで、誰によって描かれたのか? それが大きなクエスチョンとして、真と珠美の前に立ちふさがる。2人の探索を手助けするのは、パクさんというにこやかな中年男性。人気漫画家のアシスタントながら、わけあって休職中のパクさんは、人生も半ばを過ぎた中年世代の懊悩を代弁する、名キャラクターである(宮部作品でこうした中年期のクライシスが描かれるのは、ちょっと珍しいかもしれない)。

 個性がないことにコンプレックスを感じている真と、複雑な家庭環境に育った珠美、そしてある後悔から漫画が描けなくなってしまったパクさん。謎めいた絵を前にして、不安定だった3人の内面はさらに揺れ動き、変化してゆく。冬のシーンで幕を開け、春のシーンで幕を閉じるこの哀しく美しい物語は、青春小説としても読み応えたっぷり。あなたは3人のうち誰にいちばん共感を覚えるだろうか?

 作品のイメージを見事に再現したカバー装画は、「黒板アート」で知られるれなれな氏によるもの。この緻密なイラストも、教室の黒板にチョークで描かれたというから驚きだ。『過ぎ去りし王国の城』の特設サイトでは、その制作風景を見ることができるので、こちらも本編とあわせてチェックしてみてほしい。

文=朝宮運河