1990年代、「おたく」だったあなたは何をしていた? 人気漫画家の半自伝ストーリー
公開日:2018/7/11
このタイトルを目にしてこの記事を読み始めてくれた、そんなあなたはきっと「おたく」でしょう。いえいえ、そんな隠さなくてもいいですよ。今はもう気軽に「私おたく!」なんていえる時代ですからね。
ここで思い出してほしいのです。時は1990年代、すでに「おたく」だったあなた。かつて「おたく」だったあなた。あなたは何をしていましたか?
『いちきゅーきゅーぺけ』(甘詰留太/白泉社)。
これは今よりさかのぼること20年前から30年前、「おたく」だった私たちの物語です。
■永久保存版? 1990年代おたくライフのまとめコミック
タイトルの『いちきゅーきゅーぺけ』とはいわずもがな、まさに199×年(代)を示しています。時は1994年、妄想エロマンガを描き続けてきた主人公、中井純平が東京の大学に合格します。彼は大学近くのマンガ専門書店で、エロマンガ好きのヒロイン、桜町・クリス・真綾と出会い、マンガ、アニメ、ゲーム、コスプレ、これらを楽しむサークル“ひねくれっ子マンガ集団”に入部。彼を通して1990年代当時のおたく事情が描かれていきます。
本作のポイントは、ストーリーもさることながら、ぼかさず実名で描かれている当時の作品や、情報量の多さです。当時を知る読者であれば、これらの描かれ方、キャラクターたちの語り口などがあまりにもリアルすぎることに感動するはず。そんな固有名詞の数々は“199×年一口メモ”としてしっかり注釈が入れられています。いくつかピックアップしてみると…。
・まんがの森
・BLUE
・S-VHS
・Beep
・メガドライブ
今の若い人たちには「何のこっちゃ」かもしれない…。でも私たちはこの単語で当時を思い出すのです。
さらに本作では、1990年代に活躍したエロマンガ家やおたく界隈の人たちへのインタビュー、“199×年に何してました?INTERVIEW”もストーリーの間に挿入されています。そのメンバーを何人か挙げると、山本直樹(森山塔)、新田真子、村田蓮爾、あかほりさとる、あらいずみるい、筆谷芳行(フデタニン)…。いずれも資料的価値も高い内容で、物語と共に楽しめるようになっています。
■おたくな少年少女たちは東京を目指した
本書のリアルさ情報量の多さは、作者である甘詰留太氏の半自伝的内容だから、ということもあります。“ひねくれっ子マンガ集団”もまた、彼の母校、早稲田大学に実際にあったマンガサークルをもとにしているそうです。
本書を読んでわかるのは、おたく同士が集まった時の楽しい騒ぎや巻き起こっていた騒動は、1990年代、ほぼ同時多発的に部活動、大学や同人誌制作のサークルで起きていたということです。
実は本記事を書いている私もまた、1990年代、某大学のアニメーション研究会に籍を置いていました。そこで知り合った彼らと、高校までは自分しか知らなかった知識を共有し、知らなかった情報を得、秋葉原へ足を運び、合宿に行き、対戦ゲームをし、酒を飲んでカラオケでアニソンを歌っていました。そしてコミケで並び、手分けをして大量の同人誌を買い集めました。本書を読むと変な汗が出てくるほど、中井たちと似通った青春を送っていました。
私が在籍していたアニ研には、“最先端のおたく活動”に飢えた地方出身の学生が多かったです。また当時、他大学のおたくサークルの人間と知り合っても不思議と同様の状況がありました。上京した彼らは、主人公の中井よろしく喜々としてマンガ専門店やアニメショップや秋葉原へ繰り出していた記憶があります。
また彼らはみんな、地元ではいかにおたくをすることが大変だったか、という話をよくしていました。インターネットが普及するまでは、専門雑誌で住所を晒して録画ビデオの交換なども行われていました。当時は最新の「おたく」活動をしようと思うと、若者は、おたくは東京を目指すしかなかったのです。
日本全国から集まった“中井たち”によって東京のおたく濃度はより高まっていったといえるでしょう。
■これは私たちの自伝です。
物語は1995年を迎える前に終了します。これはひょっとするとわざとなのかな? とも思いました。なぜなら1995年といえば「おたく」のエポックメイキングな作品の一つ、『新世紀エヴァンゲリオン』が開始する年。ここから中井やサークルの仲間たちがどうなっていくのかもみたかったけれど、社会現象にもなった作品と絡むと、話が変わってしまったかもしれません(勝手な憶測ですが)。
本書のキャッチコピーは“作者の半自伝的90年代サブカルライフ”。でももちろん私の自伝でもあります。そしてあなたのでもあるでしょ?
1990年代、もう「おたく」だったあなた、かつて「おたく」だったあなた。あなたは何をしていましたか?
文=古林恭