新ステージを目指すマツダのデザイナーが語る「クルマのデザインに必要なもの」とは?
公開日:2018/7/16
筆者は2年ほど前、マツダの特別試乗会に応募参加し、人気車種の新型ロードスターを1日運転させてもらったことがある。春先のよく晴れた日、幌を全開し、首都高から東北自動車道を経由して那須塩原へ。最高の車で白樺の並木を走り抜ける爽快感や、アクセルを踏むたびにゾクゾクと込み上げてくる歓びは、誇張なしに今でも忘れられない。
そのロードスターは2016年、世界で最も優れた車に贈られるワールド・カー・オブ・ザ・イヤーと、同賞のデザイン部門のダブル受賞という史上初の栄光に輝いた。同車を含むマツダの新ラインナップの根底にある「魂動デザイン」というコンセプトは、海外でも“KODO”と呼ばれ地位を確立しつつある。
本稿では、魂の宿った生命感をカタチにするという「魂動(KODO)デザイン」を生み出した同社デザイン部門のトップ、前田育男氏の著書『デザインが日本を変える 日本人の美意識を取り戻す』(光文社)を取り上げたい。
■デザイナーがつくるのは「カタチ」だけではない
マツダという会社は、巨大な自動車産業の中では“一地方の小さな自動車会社”という位置付けにあたるのだという。2009年に経営危機に陥り、米フォード社の傘下から外れた同社。フォード社側から派遣された前デザイン部門トップが退任し、久しぶりの日本人トップに就いたのが著者である。
就任当初は周囲やチームの理解が得られず、心理的にどん底まで叩き落とされたという著者。理想として掲げるコンセプトを、デザインチームの各員に理解してもらい、カタチに落とし込んでいくためには「人に何かを伝えるための、明確な“言葉”も重要だ」という結論にたどり着く。
「体現化する一言があることでカタチは一層明確な像を結び、相手に伝わりやすくなる。つまり大事なのは、カタチと言葉――まるで車の両輪のように2つが並び揃ってこそ初めて相手を動かす力が生まれるのだと私は固く信じている」(本書45~46頁)
「私はデザインにおいてフォルム自体が一番重要だと思っている。デザインである以上、何はなくとも視覚勝負だ。しかし視覚を補完するための言葉というのも無視できない存在だ」(47~48頁)
■プロならではのものづくりを目指す。市場調査を思い切って廃止
以前マツダは多くのメーカーと同様、新しい車をデザインする前に、一般ユーザーを集めていくつかのプロトタイプを見せ、「この部分が嫌い」「こんなふうに変わったら買いたくなる」といった意見をヒアリングして商品に反映させる「市場調査」を行っていたが、著者はこれを思い切って廃止したという。
「数年後に発売されるモデルに何が求められるのか、はたして一般のユーザーにわかるのだろうか。そもそもユーザーの言う通りにデザインや中身を変更するということは、メーカー側の意志やポリシーはゼロということにならないか。そんな受動的な姿勢でいる限り、マツダ独自のブランド価値はいつまで経っても確立できないと思っていた」(本書75~76頁)
ユーザーの立場で読んでいた私もこの観点には思わず膝を打った。「意見を聞いて反映してくれる」というのは、顧客は「大切にされている」と感じるかもしれないが、メーカーとしては“守りの姿勢”なのかもしれない。プロフェッショナル視点で新しい価値を創造し、クルマをもっとおもしろく進化させていくためには、市場調査の廃止などといった大胆な攻めの姿勢も必要なのではないかと気づかされる。著者のチームやマツダというメーカーは、ユーザーが自ずと共感したくなるような新しいデザイン、さらにはブランド価値を創り上げてきた。
このほかにも本書には、著者が語る「魂動」デザインの裏事情や、デザイナーとして提案する言葉論、また、組織論やものづくり論など、デザイナーやメーカーで働くことに興味を持っている人のみならず、すべての「働く人」が好奇心を持って吸収したくなるような情報が詰まっている。
また、日常生活に欠かせないクルマが完成するまでの背後にある世界を知る書籍としても大変読み応えがある。便利な生活ツールにとどまらず、私たちの日常にワクワクをもたらしてくれるクルマというものの素晴らしさも再認識できるのだ。
文=K(稲)