他人を喰らい、スターを目指す女。阿久悠×上村一夫の幻の共作マンガ『人喰い』が、47年の時を経て初単行本化!
公開日:2018/7/18
ピンク・レディーや沢田研二のヒット曲で知られる作詞家・阿久悠と、『同棲時代』で社会現象を巻き起こしたマンガ家・上村一夫。戦後日本のカルチャーを語るうえで欠かせない2人は、互いにその才能を認め合う盟友でもあった。そんな彼らが1971年に共作したマンガがある。『漫画アクション』に全12回で連載された『人喰い』(阿久悠:原作、上村一夫:画/双葉社)だ。連載終了以来、これまで一度も単行本化されることのなかった幻の作品が、今年ついに奇跡の復活をとげた。
物語は公害に汚染された町で育った少女・那美岐(なみき)が、スターになることを夢見て上京、芸能界で成功してゆく姿を追ってゆく。自分を愛する少年に大金を貢がせ(それも工場から盗んだ金だ)、人気歌手・岬エリの顔に硫酸をかけるように強いる……というショッキングな第1話から分かるとおり、那美岐は目的のために手段を選ばないダークなヒロインだ。出会った男女を次々と裏切り、蹴落とし、あざ笑う。その生き方はまさに“人喰い”と呼ぶにふさわしい。
本書は1970年代の芸能界の舞台裏を描いた、いわゆる“業界もの”ジャンルの作品といえるが、そこで描かれるエピソードは予想以上にセンセーショナルだ。大人の事情であらかじめ結果が決まっているコンテスト、女としての価値を高めるための処女膜再生手術、マスコミを利用した苛烈なネガティブキャンペーン……。人気テレビ番組『スター誕生!』の審査員として知られた阿久悠の原作だけに、そこにはフィクションとして笑い飛ばせないリアリティがある。
物語後半、顔に大けがを負ったエリは奇跡のカムバックをとげ、那美岐の前にライバルとして立ちふさがる。他人を喰わずには生きていけない那美岐と、燃えさかる復讐心に突き動かされるエリ。タイプの異なる2人のヒロインは、“昭和の絵師”上村一夫の流麗なペンによって命を吹きこまれ、それぞれの女の人生をまっとうするのだ。独特の余韻が漂うラストシーンまで一息に読まされてしまう、パワフルな作品である。
本作執筆後、阿久悠は「また逢う日まで」でレコード大賞を受賞。上村一夫は『修羅雪姫』『同棲時代』によってマンガ家としての地位を不動のものにしてゆく。そんなブレイク前夜に描かれた『人喰い』には、まだ30代前半だった2人の才気がみなぎっている。
貧しい地方都市から上京し、芸能界でスターを目指す、というストーリーはいかにも昭和的だが、その底に流れる孤独や情念、狂気はいまだ古びてはいない。阿久悠も上村一夫も知らないという世代にも、きっと刺さる部分があるはずだ。マンガ史に埋もれていた貴重な作品の発掘を喜びたい。
文=朝宮運河