20XX年、AIが人間に代わって仕事を始める。共存する人工知能との正しい付き合い方
公開日:2018/8/1
「Hey Siri、今日の天気は?」
「OK Google、テレビをつけて!」
もはや生活の一部となりつつあるスマートスピーカー。なぜ、急にこういった製品が登場し始めたの?と疑問に思ったあなたは鋭い。スマートスピーカーブームの背後には人工知能の開発をめぐる秘密があったのだ――。
「人工知能(AI)ってそもそも何?」というところから、人工知能が導く未来像まで、ズバリと答えてくれるのが『誤解だらけの人工知能 ディープラーニングの限界と可能性』(田中 潤・松本健太郎/光文社)。本書は、人工知能開発のトップランナーのひとりである田中氏の専門的な説明を、データサイエンティスト・松本氏が「一般人向けに翻訳」したことで、正確さと読みやすさを両立した1冊だ。自らも経営者であり、ビジネス感覚にも長けた田中氏の発言はとにかく具体的だ。さっそく内容の一端を見てみよう。
■スマートスピーカー開発のウラ側
そもそも「人工知能って何?」という質問に対して、田中氏は「現時点においての人工知能は、ディープラーニングのこと」と述べる(ディープラーニング:最先端のプログラムの一種。画像や音声の認識に特に優れている)。
このディープラーニングの開発においては、リアルデータの収集が必須であり、データ入手の成否が開発の明暗を分けるといっても過言ではないそうだ。そこで活躍する秘密兵器こそが、実はスマートスピーカー。もちろん個人情報への配慮のうえではあるが、ユーザーがスピーカーを室内に置いて指令をするだけで、企業はリアルな音声データや人の生活スタイルの情報採取が思いのままだ。集めたビッグデータを活かし、企業は次なるサービスや機能の向上に邁進する。これこそ、近年各社がスマートスピーカーの販売にしのぎを削っている背景にある理由なのである。
■人工知能のディープラーニングに弱点はないの?
既に多くのビジネスシーンで活用され、万能視する向きもあるディープラーニングだが、もちろんこの技術にも限界はある。
現時点でのディープラーニングの得意分野は、画像および音声データの分類・統合機能による「特徴の抽出」がメイン。その反面、「概念」や「雰囲気」といった言語化・ルール化しづらい情報にはなかなか対応ができない。 たとえば、犬と猫の写真の区別はできても(画像)、生きている犬か、精巧なぬいぐるみの犬かの区別はできず(生命の概念)、会議の雰囲気の良し悪しの判断もできない(場の雰囲気)。
またデータ処理の工程が複雑すぎるため「なぜ○○と判断したのか」という根拠や成り立ちを、人間がわかるように説明提示できない。しかし、この課題はディダクション(演繹法)と呼ばれる理由提示機能が完成すれば、徐々にクリアされるはずである。
■人工知能がもたらす未来の姿を予測すると――
漠然とSFめいたイメージで捉えられがちな人工知能の未来の姿についても、本書では具体像が示される。
・2018年(要するに今年だ)。ディープラーニングの実用範囲は画像から音声へと広がるので、チェーン系居酒屋などでの注文は、タッチパネル式から音声呼びかけへと移行が始まるだろう。
・2020年。東京オリンピックに向け、自動運転タクシーなどの導入が期待されるが、法整備やイレギュラーへの対応に万全を期すため、実用化は時期尚早とみられる。
・2030年。上記「ディダクション」の完成によって、従来は人間ならではの感性が必要とされていた分野へも人工知能が進出する。
・2045年にはシンギュラリティ到来。ほぼ全ての仕事は人工知能に取って代わられ、人間は「労働」から解放されるようになる…
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■今まさに人工知能社会を生きる私たち。生き方はどう変わる?
将来的に、人間に残された働き方は概ね次の2種類に分けられるという。ひとつは、人工知能を開発し使いこなす側にまわること。もうひとつは、個人の能力や魅力を発信し、経済価値に変換することだ。「個の力」というとなんだかイマドキな印象を持つかもしれないが、江戸時代には多くが個人事業主として働いていた。歴史的にはすでに経験済み、恐れるに足りずということだ。一方、政府にはベーシックインカム(一定の現金を国民に配布するシステム)などで経済を下支えすることを急務としてもらいたい。
本書を通じてみる「人工知能時代」の到来には若干の戸惑いを禁じ得ないが、田中氏はあくまでポジティブだ。本書のラストで氏はこう呼びかける。
「もっとあなたを表現してください。(中略)未来を創るのは人工知能ではなく、人工知能を使う私たちです」
未来に待っているのは、いま以上に個性が尊重される、意外なほど“人間らしい”世界である。本書は、これからの時代を能動的に生きるヒントにもなってくれるはずだ。
文=桜倉麻子