【昭和歌謡の謎】卒業ソング「贈る言葉」は失恋と夫婦喧嘩から生まれた!? 松田聖子の“昭和”最大のヒット曲は…?

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公開日:2018/8/3

『詞と曲に隠された物語 昭和歌謡の謎』(合田道人/祥伝社)

 平成も終わろうとしている時代に「昭和歌謡」という言葉を聞くと、なんだか古典音楽のような響きを感じずにいられない。しかし、実際に昭和歌謡と呼ばれている楽曲群を耳にするとその鮮度に驚かされる。もちろん、曲が時代に耐えられるほど素晴らしいのもあるが、それ以上に、現代でもさまざまな場所で流れているので古くなりようがないのである。カラオケ、テレビ番組、音楽の教科書など、昭和歌謡はもはや人々の日常に同化しているのだ。

 何気なく親しんできた昭和の一曲も、その背景を知ればより楽しみ方が広がるのではないか。『詞と曲に隠された物語 昭和歌謡の謎』(合田道人/祥伝社)は、日本歌手協会常任理事を務める合田道人氏による、昭和歌謡の関連エピソード集である。誰もが知っている名曲の裏話は、新旧音楽ファンの心に響くだろう。

 まずは海援隊の「贈る言葉」(1979)。ボーカル・武田鉄矢が主演したドラマ『3年B組金八先生』の主題歌として大ヒットし、今では卒業式の定番ソングになった一曲である。ところが、作詞した武田には「卒業ソング」という意図はまったくなかった。詞の基になった実話が2つある。1つは武田が大学時代、好きだった女性にしつこくつきまとってフラれた経験、もう1つは武田と妻との大喧嘩だ。詞に出てくる「去りゆくあなた」は片思いの相手であり、「私ほどあなたの事を深く愛したヤツはいない」は武田が妻を諭すために言ったセリフだったのである。まさか稀代の卒業ソングが失恋と夫婦喧嘩から生まれたとは…。

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 本書のタイトルにある「昭和歌謡の謎」でいうなら、山口百恵「美・サイレント」(1979)は外せない。「百恵ちゃん」と作曲・宇崎竜童の黄金コンビが生み出した名曲だ。しかし、この曲が話題になったのはあまりにも歌詞が謎めいていたからである。当時の歌番組を見返せば、歌唱が盛り上がる中、百恵がマイクから口を離してしまうのが確認できる。口パクはしているものの、肝心な部分が聴き取れない。歌詞には「あなたの○○○○が欲しいのです 燃えてる××××が 好きだから……」とある。今でも「○○○○」にあてはまる言葉探しは続けられているが、本書ではなんと百恵本人が歌っていた「正解」が記されているのだ。

 そのほか、坂本九「上を向いて歩こう」(1961)がどうして海外では「SUKIYAKI」と名付けられヒットしたのかの理由も、誰もが知っていそうで知らないポイントである。ちなみに、ベルギーやオランダでのタイトルは「GEISYA BABY」。日本のイメージを適当に冠しただけなのは分かるが、それにしても、歌詞とはかけ離れたタイトルをどうして外国人は気にしなかったのか? ヒントは、イギリスで最初にヒットしたときの「広まり方」にあった…。

 何気なく聴いていた歌詞の意外な真相が分かるのも、本書の魅力だ。今ではすっかりサッカーの人になってしまった小柳ルミ子の代表曲「瀬戸の花嫁」(1972)に出てくる「あなたの島」とはどこなのか? 10代・20代の女子さえもカラオケで歌う石川さゆりの人気曲「天城越え」(1986)の情念深い女性像は誰がモデルになっているのか? 昭和歌謡明確な世界観が前提にあるのだと理解できるだろう。

 最後に、昭和を代表するアイドルの謎を本書から1つ。松田聖子の最高のヒットシングルといえば平成のCDバブル時にリリースされた「あなたに逢いたくて~Missing You~」(1996)である。では、昭和時代最高の売上を記録したシングルが分かる人はいるだろうか? ちなみに、「青い珊瑚礁」(1980)「赤いスイートピー」(1982)ではなく、「白いパラソル」(1981)や「渚のバルコニー」(1982)でもない。答えは「ガラスの林檎」(1983)である。もちろん良曲には違いないのだが、他の代表曲と比べてややインパクトに欠けるシングルがなぜビッグセールスを挙げたのか? 理由を知れば思わず「ああ!」と口に出してしまうだろう。

文=石塚就一