もうひとつの『バクマン。』!? 不良青年といじめられっ子が小説界に殴りこみ!? 熱い友情と挫折を描く青春小説
更新日:2018/8/24
『青少年のための小説入門』(集英社)――と聞けば、「小説の執筆や読解のためのハウツー本かな」と思う人も多いかもしれない。しかし、本作は、『みなさん、さようなら』などの話題作を手掛けてきた青春小説の名手・久保寺健彦の新刊で、れっきとした“小説”作品。小説を読み、小説を書くことをテーマにした青春小説なのだ。
物語はある小説家のもとに出版社経由で一通の葉書が届くところから始まる。葉書に書かれた文字は何度もなぞり直されていて、異様に汚くアンバランス。葉書の裏にはそんな字で大きく「インチキじゃなかったぜ」とだけ書かれてあった。葉書の送り主は田口登。20年以上も昔、その小説家の創作上の相棒だった男だ。小説家は登との日々を振り返る――。
中学受験に失敗して区立のマンモス校に通っている中学2年生の入江一真は、不良生徒に目をつけられて地元の駄菓子屋「たぐち」での万引きを強要される。この駄菓子屋では店主のおばあさんが病気で体を壊して以来、その孫と思しき若い男が店番をするようになっていた。筋金入りの不良で少年院にも入っていたという噂のある強面の男だ。一真はそんな男に万引きを見つかって取り押さえられてしまう。
ところが、男は一真が超難関校入学を目指していたと聞くと態度を変えて、「小説を朗読すれば、万引きはチャラにしてやる」と奇妙な取引を提案してきた。男の名は田口登。“ディスレクシア”という読字障害のせいで文字の読み書きができないが、一度聞いた話は細部まで忘れることがない。飛び抜けた発想力を持っていて、それを活かして作家になることを目指しているという。登の自宅でもある「たぐち」に通い、小説の朗読をするようになった一真は最初こそイヤイヤだったものの、数々の名作小説をふたりで読むうちに“小説の面白さ”に目覚めていく。登が設定やストーリーを作り、それを一真が文章にするという方法でふたりは創作を始め、面白い小説を書くための試行錯誤を繰り返す。そして、ついに公募の文学新人賞を受賞するのだが……。
冒頭に書いたように本作は“小説を読み、書くことをテーマにした青春小説”なのだが、実はタイトルの通りに“小説入門”にもなっている。そこが、この小説ならではのユニークなポイントだ。夏目漱石、筒井康隆、芥川龍之介、太宰治、ヘミングウェイ、サリンジャー、横光利一、ボリス・ヴィアン、柴田翔、田中小実昌、マーク・トゥエイン、リチャード・ブローティガン、カート・ヴォネガット、ドストエフスキー、フィッツジェラルド、谷崎潤一郎――ふたりは常に一緒に小説を読み、その魅力を語り合う。読者は作中に未読の作品が出てくれば、思わず読んでみたくなるし、既読の作品であれば、ふたりの会話に加わりたくなるだろう。ふたりが小説に感動や興奮を覚えていく姿は、小説読みならばきっと共感を覚えるはず。そして、ふたりが書いた小説を読んでみたいという気になるだろう。
本を読みながらふたりは自分たちの書く小説がどうすれば面白くなるのか考える。つまらない小説に共通する欠点、面白い物語の推進力、キャラクターの自立性とプロットのバランスなど、数多くのポイントから自分たちなりの小説論を作り上げ、そして最後には「小説の持つ力の根源」という大きな問いにまで答えを出そうとする。これはつまり、本作の著者である久保寺自身が小説について考えていることを一真と登を通して語っているということでもあり、この点で著者は自らこの作品のハードルを上げまくっている。「面白い小説について語る」小説がつまらなければ、読者はしらけてしまうに決まっているからだ。本作はその高いハードルを軽々と越えている。
最初に書いたように、これは青春小説だ。いじめられていた中学生と社会からはみ出していた不良青年が「面白い小説を書く」という夢に向かって友情を育み、成長していく姿はみずみずしく軽やかで、輝いている。しかし、多くの人の若き日々がそうであるように、そこにあるのは輝きだけではなく、やがて青春といわれるような日々も終わる。登が書いた葉書の「インチキじゃなかったぜ」という言葉の意味に胸が熱くなる読者はきっと多いはずだ。
文=橋富政彦