あなたにとって生きがいとは? 茂木健一郎が解き明かす長く幸せな人生を送る秘訣
公開日:2018/8/21
生きがいは何か?と問われたら、返答に困る人も多いことだろう。本書『IKIGAI 日本人だけの長く幸せな人生を送る秘訣』(茂木健一郎:著、恩蔵絢子:訳/新潮社)はそんな読者にも気づきを与えてくれること請け合いだ。茂木氏が日本語の<生きがい>をあえて英語で論考することにより、外からの眼でその意味を解き明かしたからだ。日本人であるがゆえに気づかなかったことが示唆として心に響く。
著者は、<生きがい>を「生きる」と「値打ち(甲斐)」からなる日本語で「生きる喜びのこと」とその言葉の定義とともに、端的に「そこで生きる理由」と説明する。日本独自ともいえるこの価値観を理解すれば、読者は日本人に生まれたことを幸せに思うだろう。
競争を勝ち抜き、富や名声を得ずとも、自分が置かれた環境や一見平凡な日常に喜びを見つけ育む観念とDNAを我々は持っているからだ。その根底を成すものが、「八百万の神」と「和」に象徴される日本独自の精神的態度にあるという。小さな物事に神が宿るとして、自然や周囲の人々、そして小さな日用品にさえ敬意を払う態度のことだ。こうして身についた「社会全体との調和の中で個として生きる」ことが<生きがい>の本質と著者は述べる。
本書で紹介される職人や芸術家は、職業の中に生きがいを見出した人たちだ。ミシュラン三つ星の料理人「すきやばし次郎」こと小野二郎氏は、初期投資が小さい飲食業という合理的な理由で選んだ寿司を、より美味しく提供するための小さな工夫を積み重ねていく。この職業へのこだわりが彼の<生きがい>となり、寿司職人が天職へと昇華したのだ。
三ツ星料理人の栄光はその結果なのである。一方、仕事の自己完結が難しい大多数のサラリーマンはどうか。著者は「サラリーマンが置かれている職業環境は、勝者と敗者、リーダーとフォロワー、上司と部下、というヒエラルキーの中でものを考えざるを得ず、勝つことを目指す精神性はイノベーションを生む一方、過剰なストレスと不安定性をもたらす」という。そしてそこではない秘めたる喜びを大いに持つことを勧める。「<生きがい>は競争社会のヒエラルキーのどの階層でも見つかるし、それに目をつけた人すべてに渡される精神的必需品」であると。
著者は<生きがい>の条件として「小さくはじめる」、「自分からの解放」、「調和と持続可能性」、「小さな喜び」、「今ここにいること」、の5つを挙げる。一方でそれを見失う原因として「人は幸せになるための条件を仮定する傾向がある」ことを指摘する。大きな志や夢が叶うことだけを幸せの条件とするのは自分も周囲も苦しめてしまいそうだ。著者は述べる。「行為と報酬の間には時差があるし、よい仕事をしたとしても報酬は与えられるとは限らない。努力する過程こそを自分の幸福の源にできたなら、人生の重要な課題に成功したことになる」と。夢に向かうプロセスや、その日常にこそ<生きがい>を見つけ幸せを感じるべきことを本書は気づかせてくれる。あらためて日常を振り返り、身の回りを見渡せば、誰しもすでに<生きがい>を持っているにちがいない。
文=八田智明