あの美しい人の正体は? 美しい肖像画に秘められたドラマを解き明かす
公開日:2018/8/30
絵画の中の美しいひとは誰? 鑑賞者の想像を掻き立てる「美貌のひと」が描かれた背景やエピソードを紹介した『美貌のひと 歴史に名を刻んだ顔』(中野京子/PHP研究所)。中野京子氏はドイツ文学者、西洋文化史家、翻訳家であり、「怖い絵」シリーズなど、絵画を読み解くエッセイを多く手がけています。本書は、雑誌『PHPスペシャル』の連載をもとに加筆・修正されたものです。
本書は・古典のなかの美しい人・憧れの貴人たち・才能と容姿に恵まれた芸術家・創作意欲をかきたてたミューズの4章から成り、24人の肖像画を取り上げています。
目をひく表紙の「美貌のひと」は、イワン・クラムスコイの「忘れえぬ人」。黒いコートに黒い帽子をかぶり馬車に乗る、この女性は誰? 発表時からモデル探しが始まり、多くの人がアンナ・カレーニナだと信じたといいます。しかしアンナ・カレーニナはトルストイの想像上のヒロイン。トルストイはアンナ・カレーニナの執筆と並行して、クラムスコイに自身の肖像画を描かせていました。絵の女性には、アンナではないか?と思われる特徴があるのです。2人の芸術家はどんな会話をしていたのでしょうか。
「忘れえぬ人」は2018年11月23日(金・祝)から2019年1月27日(日)の期間、Bunkamura30周年記念国立トレチャコフ美術館所蔵「ロマンティック・ロシア展」で見ることができます。本書で予習をしてから行けば作品を何倍も楽しめそうです。
マリー・ローランサンの絵といえば、誰もがパステルカラーの甘やかな女性像を思い浮かべるでしょう。ところが「シャネル」は青や黒の寒色系で描かれた肖像画です。しかも、うつろな表情のシャネルは黒蛇のようなスカーフを垂らしています。注文主であるココ・シャネルが送り返したという本作。中野氏は、美貌と輝かしい成功を持つシャネルを、ローランサンがどのように見ていたか、その背景を解き明かします。
ルノワールの「ヴージヴァルのダンス」で白いドレスをひるがえして踊る、意志の強そうな顔立ちの美女は、シュザンヌ・ヴァラドン。画家であり、婚外子として生んだユトリロの母親です。サーカスのブランコ乗りを怪我で断念し、ルノワール、ロートレック、シャヴァンヌなど大勢の画家のモデルをするうち、自分も画家になったという女性。その波乱万丈な生涯とは? 本書では息子であるユトリロにも焦点を当てています。
女性だけでなく、古今作曲家の中で最もイケメンとして知られるリストも登場しています。リストが腕組みをする肖像画は28歳のときのもの。生涯独身で華やかな女性関係を持ち続けたリストは、恵まれない音楽家への支援を惜しまず、あちこちに多額の寄付をして、高名な芸術家にしては珍しい人格円満として知られたといいます。
そのほかラファエロ、ルーベンス、ロセッティ、ミュシャ、ピカソなどが描いた肖像画を通して、美術はもちろん歴史、文学、音楽などにも幅広く興味が広がる、読書の秋にオススメの1冊です。
文=泉ゆりこ