覚せい剤にハマりやすい人の特徴は? 元依存者が教える薬物依存の恐ろしさと立ち直り方

社会

公開日:2018/8/31

『真冬のタンポポ 覚せい剤依存から立ち直る』(近藤恒夫/双葉社)

 テレビや週刊誌などでは有名人の薬物使用が多く取り上げられているが、大半の人は「自分には関係がない」と思っているのではないだろうか。しかし、人間は誰しも自分が思っている以上に弱い生き物であり、一瞬の快楽という誘惑に負けそうになることがある。

『真冬のタンポポ 覚せい剤依存から立ち直る』(近藤恒夫/双葉社)は、そんな人間の脆さと薬物の恐ろしさがリアルにしたためられている作品だ。著者である近藤氏は、かつて船会社の社員として北海道・小樽と京都府・舞鶴を往復する大型フェリーの中でレストランやコーヒーショップ、バーなどを取り仕切る調理部門の責任者だった。

■ちょっとしたイライラや疎外感がことのきっかけに――

 26歳のときに中途採用で入社した近藤氏は異例のスピードで出世し、順風満帆な日々を送っていたが、アメリカでの大学留学を終えたという社長の息子が帰国し、自分の傍で経営者然として指揮を執りはじめたことを機に、心が荒んでいった。そしてある日、歯茎の痛みに苦しんでいた近藤氏に魔の手が忍び寄った。

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「近藤さん、顔色がよくないね。歯の痛みなんか、アレをやれば一発で治るよ」荒れ狂う日本海の波をかき分けるようにして進むフェリーの一室で、長距離トラックのドライバーから囁かれたこの一言により、近藤氏の人生は転落していった…。

 その転落のスピードは恐ろしい。近藤氏は会社をクビになり、覚せい剤を辞めさせようとする家族をさえ疎ましく思うようになった。頭の中は常に覚せい剤でいっぱい。購入のためにサラ金から借金をするまでになった近藤氏は37歳のときに家族に迫られ渋々、アルコール依存症の治療に熱心だった病院に入院した。そして、そこでアル中の神父ロイ・アッセンハイマーさんと出会ったことにより、思わぬ人生を歩むことになる。

 アルコール依存者の自助グループであるAA(アルコホーリクス・アノニマス)の活動を始めようとしていたロイさんは、覚せい取締法違反で近藤氏が逮捕されると拘置所にまで面会に訪れて、アルコール依存者のための回復プログラムや実際に回復した人たちの物語をまとめた「ビッグ・ブック」を差し入れたり、保釈後にはAAのミーティングへ近藤氏を連れて行ったりして、彼の心を全面的にサポートした。

「人生には失敗も成功もない。うまくいかなかったことは、今のあなたに、もっと大きな何かを教えようとして起こっていることなんだよ」

 波乱に満ちた半生を歩んできた近藤氏に贈られたロイさんのこの言葉は、人生に疲れた多くの人の心にも染みることだろう。人と人との繋がりの大切さを感じさせてくれる本書は、自分の生き方が分からなくなっている人にもぜひすすめたい1冊だ。

■「ダメ。ゼッタイ。」では薬物依存を防止できない

 インターネットでの商品売買が盛んになっている現代において、薬物依存はより身近な問題になりつつある。普通の主婦や学生も簡単に薬物へ手が出せる環境が整ってきているからだ。

 近藤氏は、薬物依存は「寂しさの痛み」の表現だと語っている。先行きが不透明な時代だから、人々が抱えている生きづらさや疎外感、虚しさ、恨みの感情は心に隙間を作るもとになり、薬物が入り込みやすくなってしまうのだ。

 日本では「ダメ。ゼッタイ。」をキャッチコピーとして薬物の乱用防止を訴えているが、その裏には、一度つまずいてしまった人の再チャレンジや依存者の存在自体を認めないという独善的な考えも含まれているように感じられる。こうして社会的に排除されてしまった人間は居場所をなくしてしまったり、まるで存在してはいけないかのように扱われてしまったりすることも多い。だが、人間は存在を否定されても力強く立っていられるほど強くはないので、こうした寂しさが薬物の入り込む隙を生み出してしまうことだってあるだろう。だからこそ、近藤氏は生まれてしまった薬物依存者を、どうやって社会の中で支えていくのかを考え、具体策を講じていくことが大切なのだと訴えている。

 1985年に日本初の民間リハビリセンター「ダルク」を創設した近藤氏は現在、薬物依存者の社会復帰を応援する一方で、自ら啓蒙活動も続けている。薬物問題は依存者から薬を取り上げるだけでは解決せず、再犯率も高い。本当に防止するには、その人が抱えている孤独感に寄り添い、一緒に歩む覚悟を持つ必要がある。スマホひとつで誰とでも簡単にコミュニケーションを取れる今、私たちは“真の寄り添い”とは何なのかを問われているのだ。

文=古川諭香