『ダ・ヴィンチ』2018年10月号「今月のプラチナ本」は、塩田武士『歪んだ波紋』
更新日:2018/9/6
あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
『歪んだ波紋』
●あらすじ●
地方新聞社の中堅記者・沢村は、ひき逃げ事件の調査を依頼される。遺族の車が犯行車両に使用されたとの情報を入手し、被害者の妻に直接取材を行う。しかしその依頼にはある悪意が介在しており……。虚報を描いた「黒い依頼」や表題作「歪んだ波紋」など、誤報にまつわる5つの物語を収録した社会派小説。
しおた・たけし●1979年、兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒。新聞社在職中の2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。16年『罪の声』で第7回山田風太郎賞、「週刊文春」ミステリーベスト10国内部門第1位、17年本屋大賞3位を受賞。俳優・大泉洋にあてがきした『騙し絵の牙』は18年本屋大賞6位に。
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- 塩田武士
講談社 1550円(税別)
写真=首藤幹夫
編集部寸評
やがて波紋は、自らの足元に押し寄せる
情報誌を作っていて、「誤報」への恐れは常に念頭にある。自分の確認不足や思い込みで、誤った情報を流したことも実際ある。もちろん謝罪し訂正するが、いちど広がり始めた波紋がどこまで届き、いつ、誰を押し流すかはもうわからない。波が立たなかったことにはできないのだ。まして人の社会的地位や命を脅かす報道であったら……誤報が誰かの人生を変え、新たな波紋を呼び、時には何十年もかけて、自分のもとに波が押し寄せる。真実が追いかけてくる感覚が、読後も深く残った。
関口靖彦 本誌編集長。自分の数々の誤りを思い返し、顔から火が出る思い。本書の「誤報に時効はない」という言葉を肝に銘じ、誤りをなくすよう努めます。
“ゲルマン” 相賀さんが気になる!
個人的に、伸び盛りのルーキーや勢いに乗る現役真っ只中の人より、ぶれないプロの仕事に惹かれる。ということで本作では断然、相賀さんだ。「共犯者」では新聞記者時代の同期であった垣内の死をきっかけに、定年で遠ざかっていた現場へ復帰する。その後の「歪んだ波紋」では、現役記者よりも先を走り、彼らへ警鐘を鳴らす。相賀さんがこれから何を追い、何を記事とするのか。「記者は現場やで」という彼の言葉とともに、続編を期待せざるを得ない。……ありますよね! 続編!!
鎌野静華 奥歯が欠けてしまい、あわてて歯医者さんへ。全体チェックしてもらったら「反対の奥歯も欠けてるよ?」と。え……ボロボロじゃないですか……。
この小説を追いかけて歩いてゆく
表題作が残り十数ページになったとき、物語がループし背筋が凍った。情報をテーマにした“社会派小説”として注目されそうな作品だが、パチパチと脳内でパーツを組み立てていくような、活字ならではの快感が存分に味わえる。著者が描く記者たちにはこれぞ塩田節と呼びたくなるほど体温が感じられ、今回もそれぞれの靴をすり減らしている。リアルとフェイクが入り交じる濁流の中で、「誤報に時効はない」世界。情報を相手にする彼らの戦いは、すべての現代人にとって他人事ではない。
川戸崇央 人気女性YouTuber・きりたんぽさんの写真集を担当。「走れ!トロイカ学習帳」は日本地図の祖・伊能忠敬企画。猛暑の都内で“測量”しました。
忘れるな、疑い、武器にもする姿勢を
読後、疑ってかかるはずだ。日々流れてくる大量の情報を。私は情報に限りがあった時代も知っている。だから今の便利さを享受しつつ、どこか歪んでいるような戸惑いも覚える。そんな現代社会を生きる軸に何が必要なのか? ジャーナリズムの中の「誤報」をテーマにした5つの物語から、浮き彫りになる。〈「浅瀬に留まるな」/今になって真に腑に落ちた。揶揄ではなく、姿勢の言葉だと〉。行間の詰まった一編一編、読むたび意識が変わる。思考し痺れる。これぞ、現代の社会派小説だ。
村井有紀子 安田顕さん特集担当。インタビュー何と約3時間。素敵すぎた!! 次号も中村倫也さんの特集と続き、俳優とは凄まじい……とこれまた痺れる毎日。
この“読みごろ”を逃してはならない
大きな問いを向けられる社会派作品であることは間違いないが、“報道”を巡り記者たちが争いを繰り広げるバトルロイヤル小説としても抜群に面白い。現役/元新聞記者に、アングラライター、フィクサーの存在など、個性的だがリアリティのあるプレイヤーたち。そして何より、本作で描かれている舞台のタイムリーさ。昨今実際に起こった事件がモチーフにされ、読み手はまるで彼らの戦場を疑似体験しているような感覚が味わえる。2018年の今が一番“読みごろ”な作品だ。
高岡遼 loundrawさんの短編連載『イミテーションと極彩色のグレー』が完結! 本作はこれからピースを補い、一編の長編小説に姿を変えます。お楽しみに!
「加害者」はだれなのか
「悪いこと」は、このようにして起こるのだなぁと納得させられる。ここで描かれる事件は、たったひとりの人間の異常な悪意によって、突然もたらされるわけではない。複数の人間の、職業人としての矜持、隠し持った弱さが、時間をかけて徐々に絡まり合った結果として、起こる。そしてこの小説は次第に、読者を傍観者という安全地帯から引きずりおろしにかかる。読後きっと、思わずにいられない。今このときにも、自分も共犯関係にある何かが、着実に進んでいるかもしれないと。
西條弓子 三浦しをんさんの特集を担当。取材が楽しすぎて、HANABIも夏祭りも天体観測もしてないけど最高の夏‼(夏ソングは聞いていた模様)
足がいい、指がいい?
まずはネットで調べてみたら? 平成も終わりを迎える今、人に何かを聞く際、こう言われる事も少なくない。指をスマホ画面に滑らせるだけで簡単に情報が手に入るのは現代の常識。だが、そんな時代だからこそ足を使った情報収集の確かさが光る。本書2話目「共犯者」の主人公・相賀はまさに足で稼ぐ昔ながらの記者。クラシック、ガラケー、スクラップ帳。嗜むどれもが過去の物だが、彼が掴む真実は現役記者よりも確か。ラスト20ページの展開、しびれます!
有田奈央 8月に編集部に異動してきました。オフィスに自宅、2か所の引っ越しが重なり地獄だったので、今年中は大規模片付け作業はやらぬと決めました。
ゆとり世代ではなく、ゆがみ世代?
「情報の広がりが規則正しい波紋を描いていた時代は、完全に幕を下ろした」という一文にハッとさせられた。いわゆるデジタルネイティブ世代の私たちは、マスメディアだけが情報を握っていた「正しい波紋の時代」すら知らない。歪み=悪とは限らないにしても、現代社会を生きるうえであまりにも情報に無頓着だった自分を恥じた。ペンは剣よりも強し。では、誰もがペンを持てる状況下ではどのように生き抜くべきなのか? SNSやネットに抵抗がない同世代にこそ強く薦めたい一冊だ。
井口和香 朝ドラにドハマりし、録画も含めて1日3回視聴。おかげさまでネイルも洋服も青ばかり。もうすぐ終わってしまうかと思うと涙が……。
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