『グラゼニ』『グラップラー刃牙』…“芸人界のマンガ達人”スピードワゴン小沢一敬が綴った「スポーツ漫画」珠玉の名言
更新日:2018/9/19
最近、Twitterで「#後世に残したい漫画の名言」というハッシュタグが話題になっていた。私もマンガが大好きだ。子供のころは親に「マンガばっかり読んでないで、ちゃんとした本を読みなさい」とよく叱られたものだが、この「ちゃんと」という言葉にずいぶん違和感を覚えて、反発していた記憶がある。人が一生懸命描き上げたものがちゃんとしていないわけがない、マンガはいつだって色々なことを教えてくれる――そう感じている人は自分だけではないと思う。
お笑いコンビ、スピードワゴンの小沢一敬さんもマンガに魅せられた一人。自宅に3000冊以上を所蔵と、芸能界で指折りのマンガ好きとして知られている小沢さんだが、このたび『夜が小沢をそそのかす スポーツ漫画と芸人の囁き』(文藝春秋)を上梓した。本書は数あるスポーツマンガの中から、小沢さんが”そそのか”された名言を取り上げ、自らの人生でどのように役立ててきたのかを綴ったエッセイ本。小沢さんらしいウィットに富んだ語り口で、マンガから学んだ人生哲学を明かしている。
■いつまでも忘れられないM-1グランプリの記憶
本書で紹介されている名言はいずれも珠玉の言葉ばかりだが、とりわけ2つのセリフが印象に残った。どちらもスピードワゴンが漫才日本一を決めるM-1グランプリに出場したときのエピソードにちなんだものだ。
「おれ達だって若い時は そーゆー親父は 嫌いだったじゃないか……」
by石塚弘揮
(出典:原作・森高夕次、漫画・アダチケイジ『グラゼニ~東京ドーム編~』より)
『グラゼニ~東京ドーム編~』を読んだとき、小沢さんが思い出したのは2002年のM-1グランプリだった。敗者復活から勝ち上がって初めての決勝戦。結果は9組中7位と散々な内容だった。特に「下ネタが嫌い」という故・立川談志さんの50点(歴代最低点)は大きく響いた。小沢さん自身、悔しさのあまり「このガンコ親父が」と思っていたそうだ。
ところが数ヵ月後、爆笑オンエアバトルの収録後にお忍びで来ていた談志さんが舞台裏にやってきた。小沢さんに「さっきのネタ、やれる?」と声を掛けると、2人で即興漫才をやることに……。談志さんは相方の井戸田潤さんのセリフを完璧に覚えていて、ネタを終えた後にアドバイスをしてくれたという。前述の「下ネタが嫌い」は談志さん流の叱咤激励だったんだと、そのときようやく気付くことができたと振り返っている。
「勝って帰ったなら……尻でもなでてやるか」
by愚地独歩
(出典:板垣恵介『グラップラー刃牙』より)
もうひとつのM-1エピソードは翌年、2003年のこと。スピードワゴンが2年連続で決勝の舞台に立ったとき、小沢さんは足が震えていた。舞台上で足が震えたのは人生で2回、このときと、『笑点』に出たときだけ。お笑いの道を進むうえで絶対に負けられない人生を懸けた決戦――。そんな不安に打ち勝つために思い出したのは、『グラップラー刃牙』のセリフだった。
武神と称えられた空手の達人・愚地独歩すら、地上最強とうたわれた範馬勇次郎との対決を前に勝利への不安を隠しきれない。そんなとき、自分を支えてくれた妻・夏恵を見てふともらした独歩のセリフに、自分自身が「やってやった!」と思える出来ならそれでいい、と開き直ることができたという。
■笑いと共感の詰まった珠玉の名言たち
本書ではスポーツマンガ24作品、32の名言が厳選して紹介されている。出典は『あしたのジョー』『リングにかけろ』といった往年の名作から、『無謀キャプテン』『ジャイアント』『根こそぎフランケン』など、通好みな作品まで幅広いセレクト。ジャンルをあえてスポーツだけに絞っているところに、マンガ好きらしいこだわりを感じさせる。
どんな苦境に立たされても、マンガの中のヒーローたちは様々なアプローチで乗り越えて、チャンスへと変えてきた。そんな記憶に残るシーンを彩るのは、いつだって心を揺さぶる名言たちだ。読者はその力強いメッセージにそそのかされながら、今をがんばる知恵と勇気、そしてエネルギーをもらっている。小沢さんが感じたマンガの名言とその理由は、きっと笑いと共感をもって受け入れることができるだろう。
さて、あなたをそそのかす“#後世に残したい漫画の名言”は、どんな言葉だろうか?
文=小松良介