とにかく熱いプラトニックラブ! すべてを超越して思い合った男女。こんなに切ない話ある?
公開日:2018/9/26
本書『炎の来歴』(小手鞠るい/新潮社)に描かれているのは、男女の熱い書簡の記憶である。アメリカ人女性と日本人男性が交わしたエアメール。事情があり現物はないが、記憶ではその男性に「彼女は消えない炎のような人だった」と言わしめたほど。
女性が送った手紙の一例を示そう。
……「あなた」に焦がれるわたしを、止めることができないの。……わたしの心を返して下さい。……そのぐらい、わたしは「あなた」を愛しています。(P.219)
こんなことは書けない! とにかく情熱的で、男性がイカれてしまうのも無理ない。
激情的な気持ちを吐露した手紙が交わされているが、2人はあくまで「ペンフレンド」。男性側は女性の昔の写真のみは知っているが、会ったこともなければ、言葉を交わしたこともないプラトニックな関係だ。フィジカル(肉体的)なつながりを重視しがちな現代に生きる私たちには、2人の関係はかなり純粋な印象が残る。
著者の小手鞠るいさんは、1956年岡山県生まれ。現在はアメリカ・ニューヨーク州に居住している作家である。
「あとがき」には、
「彼と彼女の生きた時代に起こったことはそのまま、今の時代にも起こっていることだから、私の使命は、過去を過去として描くことではなく、過去を現在として描くことだったと思っている」
と書いている。
過去は、SNSのみでつながる人間関係が十分ありうる現代社会にもつながるのではないかという気さえする。インターネット上では、相手の顔も知らないけれど、感性はピタリと一致することもある。もちろん、本書の時代の設定(第二次大戦後~1960年代なかばごろ)は現代の状況とは異なるが……。
はじめアメリカ人女性は日本人男性の先輩のペンフレンドだったが、ひょんなきっかけから男性は彼女の手紙を奪い取り、つたない英文で手紙を送るようになる。2人の手紙のやりとりはこうして始まった。
「少ない稼ぎできょうだいたちを養いながら汲々としていたプロレタリア青年」だった男性は、「平和」を希求するアメリカ人女性の精神に感銘し、心の安寧を得、あこがれを抱くようになる。が、一方で現実には身近な女性と結婚し、一子も得る。
この2人の手紙のやりとりに嫉妬した男性の妻・睦月が、手紙の束を奪い取ったシーンは、『源氏物語』で光源氏の子・夕霧が正妻・雲居の雁に背後から手紙を奪い取られるシーンを彷彿させる。国宝『源氏物語絵巻』第三十九帖「夕霧」(東京・五島美術館所蔵)でも有名なシーンである。嫉妬は、古来から変わらないものかと強く思う。
アメリカ人女性は、ヴェトナムでのアメリカの行為に抗議し、ついに衝撃的なある行動に出る。ここで男性は彼女の年齢をはっきり知ることになり(男性よりはかなり年上だった!)、戦乱に揺れる「北ヴェトナム」(当時)に向かうことに。ここで、女の名前を探したり、声の空耳を聞いたりして、アメリカ人女性に恋慕の情を抱いていたことを深く確信し、帰国後に彼女と同じような行為に至る。
国を越え、年齢も生育環境も超越して思い合いながら、けっして交わることはない男と女がいた――その存在を知るだけで切ない気持ちになる。彼と彼女のやりとりの記憶は、とにかく「熱い」気持ちの交差である。これにはとにかく圧倒される。彼らの関係はプラトニックなものだけに、より一層「熱く」感じられるのかもしれない。
文=久松有紗子