恋人との確執、漫画家としての苦悩――結婚までの経緯を赤裸々に綴った、鳥飼茜の日記『漫画みたいな恋ください』
公開日:2018/9/28
かなり大雑把な分け方だが、少女マンガには、「王子様のような理想の男性が登場するもの」と、「徹底的にリアルを追求したもの」があると思う。
漫画家の鳥飼茜は、恐らく後者だ。『おんなのいえ』や『先生の白い嘘』『ロマンス暴風域』などの作品には、人生や恋愛に行き詰まった登場人物たちが、ぎりぎりのラインで、大いに葛藤し、一筋の光を見つけるまでが丁寧に描かれている。
率直に言うと、読んで楽しい気持ちになる作品ばかりではない。思いがけず自身の辛い記憶が呼び起こされる時もある。だが、死ぬほど悔しくて悲しいのに、飲み込むしかできなかった性の不平等や理不尽な状況から決して目を逸らさない彼女の作品に、涙が溢れるほど勇気づけられるのも事実なのだ。
そんな彼女の赤裸々な日々が綴られた日記連載『漫画みたいな恋ください』(筑摩書房)が発売された。
本書は、webちくまで発表された日記に、大幅な書きおろしを加えたもの。2018年4月から7月までの日々が綴られている。
深い心理描写を描く漫画家さんだ。恋愛や人付き合いも百戦錬磨なのだろう……と失礼ながら勝手に推測していた。だが、吐露されていたのは、恋人との分かり合えなさや、元夫との間の息子についての悩み、漫画家としての苦しみや覚悟だった。
記念すべき1日目の日記には、彼氏とは付き合って1年と2カ月になるが、結婚生活を含め男性と2年以上付き合えたことがなく、タイムリミットが近付いてきているのではと思ったことが記されている。そして彼と、喧嘩してしまったことも。
36歳と37歳のカップルで、子供を持ちながら慎重に進めていく関係は、決して「漫画みたいな恋」ではない。
恋人同士のまま、物理的により近づこうとして、彼氏と半々で家を買ったことや、彼に尊敬されたくて、ギターやピアノを弾き、英会話に通い詰め、車の免許を取ったこと。多分運命だと思っている彼氏との間の絶望的な分かり合えなさや、同じクリエイターとしての彼への嫉妬についても触れられている。
鳥飼先生は、
私が日記に何万字も書きつけてきたのは、愛を上回る不満と不安だった。
と記しているのだが、あまりの心情の生々しさに、いつの間にか、漫画家というよりも、「一人の女性」としての彼女の生き様に興味を惹かれ、文章に飲まれていった。
誰かの正直な告白に救われることは多々ある。顔を知らない誰かのブログを読むのも、年上の女性のエッセイを購入し、人生を改めて考えようとする行為も、きっとそのためだ。
正解がないにもかかわらず、周囲から助言という名の「批判」が飛び交う人生で、強く生き抜くのは簡単なことではない。
だからこそ、鳥飼先生が何重にも錯綜した気持ちを解きほぐし、愛も葛藤も、時には醜い感情さえも読者に語ってくれたことに感動した。
本書が発売された数日後、webちくまで日記の号外が公開された。そこには、なんと先生の彼氏は漫画家の浅野いにおさんであること、「自分がこの先いつ死んでも財産整理を頼めるように」という言葉でプロポーズされ、結婚したことが記されていた。
驚いた。そして日記を読んで励まされていた一読者として、嬉しかった。
鳥飼先生が、彼氏の生き方や価値観を尊重し、少しずつ絆を深めてきたことを、読者はこっそり知っている。決まった朝ご飯を自分が寝ている間にコンビニで買ってきてくれることに喜んでいたことも。
人生はままならないことばかりだが、悩みながらも立ち向かっているのは自分だけではないと知った瞬間、少し気持ちがラクになる。日記はきっと、これから何度も読み返すだろう。
文=さゆ