頑張れば、むくわれるのですか? 社会人2年目、12年目、20年目…同じ職場で働く、3人のマリコがそれぞれ思うこと

暮らし

公開日:2018/10/4


 毎日、同じ時間に会社に行って働いて、この先、私はどうなっていくんだろう…そんな漠然とした不安を感じたことはありませんか? それは益田ミリさんの新作『マリコ、うまくいくよ』(新潮社)の、3人のマリコたちもきっと同じです。社会人2年目、12年目、20年目の同じ職場で働くマリコたちは、それぞれ「働くこと」「歳を重ねること」に落ち込んだり、迷ったり、強がったりして一生懸命生きています。そんな彼女たちのがんばりは、どこかあなた自身に重なるかもしれません。読めばじわりと勇気がわく、そんなお仕事マンガはいかにして生まれたのか、作者の益田ミリさんにお話を伺いました。

インタビューにあたり、益田さんがダ・ヴィンチニュースのために描き下ろしてくださったイラスト。
物語はこの3人のマリコを中心に進んでいきます。

●互いに口に出さない部分を細かく描く

――この物語を描こうと思ったきっかけを教えてください。

益田ミリさん(以下、益田) 年代が違う女性たちの話を描きたいと思っていました。いろんな年代がいる場所を考えると、自然と会社が舞台に。24歳、34歳、42歳。3人のマリコが主人公ですが、彼女たちは同じ場面にいても、年齢によって感じ方はもちろん変わります。たとえば、社内のトイレで一緒になり、当たりさわりない天気の話をして別れる。その時、24歳のマリコは、42歳のマリコに対して「化粧直し長くない?」なんて思っている。42歳のマリコは、「天気の話で間を持たせる日がくるとは思ってもみなかった」と、過去を振り返っていたりして。互いに口に出さない部分を細かく描いてみるのはおもしろそうだなぁと。


――益田さんの目線はどのマリコに近かったのですか?

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益田 どのマリコも同じ距離です。私自身、会社員をしていたのが20代だったので、20代のマリコを身近に感じるというのはありました。会議で意見が言えないという若い彼女の苦悩はよくわかります。

――どのマリコもすごくリアルです。どなたかモデルはいるのでしょうか?

益田 これまでもそうですが、マンガにはモデルはいません。どの登場人物も知らない人で、でも自分の一部分でもあるから知っている人だとも言えます。それとは別に、今回は年代が違うたくさんの女性にお会いする機会を作ってもらいました。職場でのお話だけでなくいろんなことを聞けたことで、リアルと言っていただけたのかなと思います。女子社員にだけある「お茶当番」については、みな渋い顔をしていました。

●先輩とは、学生時代から「こうるさい」(笑)

――先輩のマリコは後輩のマリコを見て「私もきた道」という既視感を覚えます。そうした感覚は年下の女性たちにとってエールになる反面、うるさいと受け止められないか不安はありませんでしたか?

益田 若いマリコが先輩マリコたちをうっとうしく感じるのは致し方ありません。先輩とは、学生時代から、こうるさいものです(笑)。20代のマリコが、会社の先輩たちに対して「みんな早く定年になってくれないかな~」と思うシーンを描きましたが、仕事をしていたら一度は感じることなのではないでしょうか。逆に、若いマリコに「やれやれ」と思う、先輩マリコの視点も描いています。「なにかっていうと、『うちらの世代』って言いはじめてさ」と、ため息をつく42歳のマリコの気持ちにうなずく方もいるのではないかと。先輩や後輩に不満を持ちつつも、でも、認め合ったり、助け合ったりもする。同じ境遇だからわかり合える部分も多い。そういうところも描きたいと思いました。



――三世代の本音が並行して見えることで、ちょっと客観的になれるところもありそうです。

益田 いろんな女性たちにお話を聞いていて、ひとつ共通することが。どの世代も「自分たちの世代でよかった」と、肯定感があったんです。今の20代からすれば、40代は高校時代にケータイがなかった世代で「不便そう」なのです。しかし、40代からすると「ケータイがないのもまたよかった」みたいな。30代には学生時代にポケベルを使った人たちもいて、「私たちの世代こそいろいろ経験できて一番いい」なんです。思うことはあっても、それぞれ自分の世代がやっぱり好きというのはおもしろかったです。「世代あるある」もお楽しみいただければ嬉しいです。

――この物語には「女と年齢」と「女と仕事」という2つの大きなテーマがあるように思いました。まず前者について。益田さんご自身はエイジングについて、どのような考え方を持っていらっしゃいますか?

益田 42歳のマリコが「居酒屋のトイレ行く用のゲタが似合うようになってきてない?」と自問するシーンがあります。私は確実に似合ってきております。歳をとるのが楽しいとは言えませんが、歳をとれることには感謝したいです。そして、年齢に関係なく楽しいと思える時間はあるものだと思います。

――30代のマリコが一番しんどそうです。ご自身にも思い当たることなどはありますか?

益田 実は、30代のマリコは想定外の登場でした。20代と40代の対比でいこうと最初は考えていたので。描き進めていくうちに、「宙ぶらりん」な世代もやはり必要だと思ったんです。先輩には追いつけないのに、後輩はどんどん増えてくる。会社での立ち位置に揺れる、とてもしんどい時期です。ただ、実際に女性たちに話を伺っていると、20代のほうがしんどそうだった。選択する道がたくさんあると迷いも多い。20代だと、もう一度、学生をやり直すことだってできるわけですから。私自身の30代は、東京での一人暮らしにも慣れてきて、楽しさのほうが勝っていたかなと思います。


●自分の人生をより良くしたいから、苦悩する

――次に「女と仕事」について。マリコたちの先には女性社員たちの一般的な「ルート」のようなものが見えていますが、一方でバリバリ仕事をして出世する桑田さんという先輩女性も出てきます。彼女を描く上で考えたことなどはありますか?

益田 ある20代の女性が、苦手な女の先輩がいるという話をされたんですね。すごく怖いらしいんです(笑)。その先輩が出世したとき、「結婚してない分、仕事をする時間があったからだ」と言う人がいたのだそう。それに対して、「そうじゃなくて、がんばっているから出世したんだと思う」と彼女がきっぱり言ったのが印象的でした。苦手な先輩であっても、仕事をしている姿はちゃんと見ている。作中の桑田さんもまた仕事ができる先輩として登場します。3人のマリコたちも、彼女のがんばりをちゃんと見ています。

――とはいえ「バリバリでない生き方」もちゃんと肯定してくれるので、すごくラクになりました。ご自身の伝えたかったメッセージとはどんなことでしょうか?

益田 3人のマリコたちもそうですが、誰だって自分の人生をより良いものにしたいと思っていて、だから苦悩する。『マリコ、うまくいくよ』というタイトルは、1話目を描いたあとに浮かんできました。女性たちに取材をさせてもらった帰り道、「うまくいくといいね、きっとうまくいくよ」と思った気持ちでもあります。

――ほかにもエピソード的なことがありましたら教えてください。

益田 今回、完成したマンガをもとに私がシナリオを書き、短いPVを作っていただきました。20代のマリコの声を上白石萌音さん、30代のマリコを杏さん、40代のマリコを大久保佳代子さんが担当してくださっています。包容力のある、みなさんの語りを聞いて、胸がいっぱいになりました。『マリコ、うまくいくよ』の特設サイトでご覧いただけます。

 主人公たちが「家に帰らない」マンガを描くのは初めてなんです。職場の自分と、家にいるときの自分。両方の自分をあえて描かず、舞台は会社の中だけという設定にこだわってみようと。そうすると、トイレのシーンが大事だというのに気づいて。人って、トイレで結構、気分転換しているのだなぁと(笑)。

――益田さんの描く世界は、いつもそっと私たちの心に寄り添ってくれます。作家として大事にしていること、これから目指していきたいことはなんでしょう。

益田 とにかく描きつづけたいと思っています。

――ありがとうございました。

取材・文=荒井理恵

『マリコ、うまくいくよ』特設サイト
http://www.shinchosha.co.jp/mariko/