大物暗殺案件とビッチな元妻、60キロ超の闘犬… 新たなる“シャーロック・ホームズ”の誕生と活躍を描く、注目のハヤカワ文庫!

文芸・カルチャー

公開日:2018/10/20

『IQ』(ジョー・イデ:著、熊谷千寿:訳/早川書房)

 舞台はLAの危険地域、主人公のIQは高校中退の黒人探偵、相棒は地元ギャングチームの一員。絡んでくるのは、ギャングスタラップの大物暗殺案件とビッチな元妻、そして60キロを超える凶暴な闘犬。と来れば、スヌープ・ドッグやドクター・ドレのプロモビデオ的な世界観が脳裏に浮かぶ。強奪と闘争と銃弾と札束と白い粉とケツのデカい女…みたいなアレである。

 実際、主人公IQの相棒は2パック信者で暇さえあれば草とグランド・セフト・オートをやってて、口を開けばスラングまみれのデスロウ野郎だし、登場人物の多くは首から極太の金の鎖をぶら下げてる連中である。人種間ギャング抗争で派手なドンパチも起こるし、殺人依頼もあれば、盗品とドラッグと悲鳴がかまびすしく飛び交う物騒なストリートの物語である。

 が、そんなギャングスタラップど真ん中の世界に、コルトレーンやヨーヨーマを聴き、学業的十種競技の地区チャンピオンになるような頭脳派で反マッチョのIQが異物のようにクールに存在している、というのがこの本『IQ』(ジョー・イデ:著、熊谷千寿:訳/早川書房)のおもしろさである。

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 IQは他の連中のように腰に銃を差してはいないし、ダーティーワードで周囲を威嚇したりもしない。デザイナードラッグの精製もできるし、賭けポーカーで勝つのも余裕だが、彼の流儀ではないので手を染めない。事件解決に使うのは明晰な頭脳と工具、そして論理的分析能力だ。高校時代の彼の部屋の壁に貼ってあったのはセクシーモデルのピンナップではなく、賞状や感謝状だ。かと言って、IQがクリーンな正義派キャラクターかと言うとそうではなく、過去の「汚れ」もしっかりあるし、人生最大の喪失も味わっている。勿論、法も犯す。というわけで、若造ではあるものの、「喪失感」と「汚れた過去」という探偵のキャラ造形には欠かせない陰影も兼ね備えた人物になっている。

 このIQと同じ高校からの腐れ縁、ドッドソンが相棒となって、2人でギャングスタラップの大物の暗殺依頼をした人物を探す。IQとは対照に、徹底して下品で俗っぽいドッドソンが、IQのうんちくに対して野蛮な無知で返す掛け合いがバディもののお約束で楽しめる。

 このショートガイなドッドソン、自分の脳内では、イージー・Eにヴィジュアル変換して読んだのだが、やらかしのボケ要素も多いので、ちょいちょいマーティン・ローレンスの顔に入れ替わってしまい、それじゃあ、『バッドボーイズ』だろうが! と慌てて、イージー・Eに差し替え作業をしながら読んだ次第である。

 ちなみにIQについては色々迷ったんだが、ウィル・スミスではなく、スヌープ・ドッグの息子コーデルで脳内キャスティングが決定した。ローラのインスタに登場して話題になったコーデル・ブローダスくん、むちゃくちゃかっこええですわ!

 ともあれ、ギャングスタラッパーの暗殺未遂事件を追うのをメインプロットに、過去からの因縁が現在の流れに連なって行く展開は、スピーディーでいてメロウに読ませる絶妙な構成になっている。IQの超絶運転テクがどこで磨かれたか…という過去が、彼の未来を暗示する「発見」に繋がるエピローグまで、伏線も細部もきれいに回収して持って行く運転テクならぬ構成テクは手練れの書き手っぽいが、これが初の小説だとは驚いた。

 それと、この小説、全編が鳴っている音楽小説でもある。暗殺未遂事件の鍵は2パックのアルバムだし、最後にIQの心情を代弁するのは、60年代モータウンのあの名曲だ。

“What can make me feel this way?”答えが知りたければぜひ読むべし。

文=ガンガーラ田津美