「普通」を手に入れるため身体を売る――自己嫌悪、嫉妬、不安…様々な感情に溺れそうな10代の女の子たちの「性と恋」
更新日:2018/11/19
前に前に進んでいくことは非常に勇気がいる。特に、制服を着ている時代に感じた将来への不安は、尋常ではないレベルだった。
自分の心に蓋をして、皆が好きなものを自分も好きなフリをして、周りから逸脱せぬよう気をつける……。それさえ心がけていれば、表向きは平和な学校生活が送れるのだからと言い聞かせ、心の声はいつも封印していた。
だが、本当は生徒一人一人に主義主張があり、心の葛藤がある。
「前へ進む」ということは、自身の息苦しさと恐怖と少しの期待が入り混じった今にも爆発しそうな自意識と向き合うことでもあるのだ。あなたは学生の時、大人への一歩をいかにして踏み出したか覚えているだろうか。
『前略、前進の君』(鳥飼茜/小学館)は、様々な感情に溺れそうな10代の女の子たちの「性と恋」にまつわるマンガだ。
全8編収録されており、彼女たちの心の葛藤がオムニバス形式で描かれる。しかも「鉛筆画」で描写されており、セリフも少ないので、登場人物たちの生々しさが鮮烈な印象で迫ってくる。
例えば、第1話で登場するのは、チャイムの音と共に人生イージーモード終了のおしらせが届いた女の子。進路希望の用紙が配られ、教師からは「制服を脱いでからがあなた達の本当の人生のスタートです」と声をかけられる。
彼女はそれを聞き、教室を抜けて走り出す。道中、歩くだけで知らない男性から口笛を吹かれ、「私達の価値はこの服にあるんでしょう? 私達だんだん価値が無くなっていくんでしょう?」と、本当の私だけの人生が一体どこにあるのかわからなくなる。たどり着いた川辺で、彼女は制服を脱ぎ、裸になるのだが――!?
また、第3話では友人たちが「フツーに超かわいい」と称するバッグを手に入れるため、制服を着てセックスして、お金をもらう女子が登場する。彼女は「普通」を手に入れるために身体を売るのだが、それがドサドサと崩れ落ちた瞬間に、新たな事実に気づく過程が描かれている。
本書は他にも、好きな人が自分ではない誰かに恋をしてしまい「私…あなたになりたい それか消えてなくなってほしい」と願う女子の嫉妬心や、男の子たちが気になって仕方がないのに、男女の間にそびえる“越えられない壁”を感じるマジメな女子の心も描かれている。
本書に登場する女の子の痛みや不安は、自身も確かに10代の頃感じたものであった。だが、彼女たちは私ではないし、生きている境遇や背景、考えていることも違う。それにもかかわらず、本書は最後に圧倒的な救いが待ちうけている。
筆者は、「私は悲しいんだけどみんなは大丈夫?」と、ハッキリ口にしたマンガの中の女の子に、気がつくと、涙が出るほど救われていた。
結局、人間は皆、自分以外は「他者」である。……にもかかわらず、自分の鬱屈とした思いを、丁寧に解きほぐし、それを誰かが語ることで共有できる「何か」がある。10代の女の子も、とうに大人になった私たちも、安心して「前に前に」進む勇気が持てるマンガである。
文=さゆ