『アイドルマスターシンデレラガールズ』7年の軌跡:音楽制作スタッフに聞く、「『シンデレラガールズ』の楽曲が摩耗しない理由」

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更新日:2018/11/13

『アイドルマスター シンデレラガールズ』のプロジェクトが2011年にスタートして、今年で7周年。自身が演じるアイドルについて熱い想いを語ってくれた6人のキャストインタビューに続いて、バンダイナムコサウンド・中川浩二氏と日本コロムビア・柏谷智浩氏に、『シンデレラガールズ』の音楽制作について話を聞いた。主なテーマは、「『シンデレラガールズ』の楽曲が摩耗しない理由」。何度ステージで披露されても、その力を失うどころか、さらに輝きを増していく『シンデレラガールズ』楽曲のマジックは、どのように生まれているのか。この週末には6thライブのメットライフドーム公演が大成功を収めたが、その中で披露された楽曲についても語られている。ライブの感動を反芻しながら、読んでみてほしい。

“Absolute NIne”ができたときに、ひとつ違うところに移動した感じがする(中川)

――間もなく7周年を迎えるわけですが、これまで『アイドルマスター シンデレラガールズ』に関わってきて、このプロジェクトについて感じてる印象を教えていただけますか。

柏谷:7年という感じがまったくしないですね。絶えず何か考えているというか、ずーっと休むことなく曲を作って、走ってきたので。感覚的には2年くらいです(笑)。

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中川:(笑)知らず知らずのうちに、大きくなっていたというか。

柏谷:最初の頃から、「たぶんこうなるだろう」って結果が見えている上で制作することがなくて、常にいろいろ考えながら手探りをしてる感じがしますね。というか、手探りしかしてない感じもします(笑)。あまり予想ができないからこそ面白い部分があるかもしれないです。

中川:たとえば、「1年間で終わります」というものではないので、形を変えながら結果としていろいろなことをやれていますし、それに関われること自体が嬉しいですね。自分たちが予想しないこともいろいろと起こっている中で、音楽でいろいろ表現する機会があるのはもちろん大変な部分もあるんですけど、考えたり悩んだりしながら、結果として面白いものが生まれていると思います。

――同じことをやらない、常に刷新してアップブレードされていくクリエイティブというのは、もともと持っていた共通した指針ではなく、自然とそうなっている感じなんでしょうか。

柏谷:『シンデレラガールズ』にはアイドルがたくさんいて、その子たちのパーソナリティが全部違っているから自然とそうなるんだと思います。また、アイドルひとりひとりにいろんなドラマが生まれるたびに変わっていったり、アニメがあったことといろんな背景を伴って変わっていって。アイドルも成長していく部分もあり、曲も成長していくので、こちらも変わる。絶えず変化の中にいる気がします。

――人数の多さは『シンデレラガールズ』ならではだと思うんですけど、それぞれの楽曲を着想していく上でのとっかかりって、どういうものなんですか。

柏谷:一番最初の頃は細かい設定やアイドルが背負っている背景などはあまりなく、絵やプロフィールを見て、音楽サイドで膨らませる部分もあったと思います。たとえば曲を作って、その曲で出している個性や表情の感じを、逆にゲームのシナリオのほうが取り入れてくれることもありますし。こちらもゲームのシナリオとかを見て、「ならば、こういうアイドルにはこういう曲も合うんじゃないか」って考えたりしながら、お互いに上手く融合していくというか、今でもアップデートを日々重ねつつ、どちらかの影響を受けつつ進んでいる感じはあります。

中川:『シンデレラガールズ』の場合、1枚の絵でアイドルのキャラクター性を表わす情報が意外と多いんですね。わりとその子がどういう子なのか、そこに込められてる情報が多い分、音楽サイドからイメージできる到達点は意外と近い、というか。非常にパーソナリティが特化してる子が多いので(笑)。その分、広げて行ったり、ソロの2曲目を作るのが難しかったりはするんですけど。

柏谷:難しいですね。「1曲目でこういう世界を作った、じゃあ2曲目どうしよう」ってなったときに、同じような方向でより濃くしていくのか、それとも違う魅力を見せるのか、そこは毎回考えます。アイドルが置かれている状況もみんな違うんですよ。次はどういう曲を歌わせるのがアイドルにとってよいのか、プロデューサーさんが喜んでくれるのか、それはアイドルごとに全員全部違っていて。いろいろと考えながら作っていくのは、面白くもあり、かなり大変でもあります。「もう、これしかないでしょ」っていう曲の方向性も各アイドルは持っていて、あえてそこを外してプロデューサーの皆さんが「違う!」ってなってしまうようなものにはしたくないとも思います。でも、予定調和すぎるものを作ってもつまらないので、「どうやればこのアイドルの今までに知られていなかった、新しい魅力を引き出せるか」という部分は考えます。

中川:アイドルがもともと持っている幅を狭めてものを作ってたら、それこそ成長しないし、少しずつ目減りしていくんですよ。それでは継続していくことができなくなるので、壊すとは言わないまでも、やっぱり成長させていかなければならないところは、継続している以上絶対にあって。いろんなものをインプットして、「これと合わせたら面白いんじゃないか」とか、絶えず想像して、妄想していないと、先には進みにくいですよね。

柏谷:中川さんも僕もよくやるんですけど、レコーディングのときに今さらながらもアイドルの絵を見たりします。音で聴いてる声感や表情が、目からくる情報とちゃんと整合性が取れているのか、という部分は重要で。そこが合わなかったら、やっぱり違和感があるんですよね。その違和感がないようにディレクションをしていく部分があるので、けっこう絵は見てます(笑)。

――ひとつ楽曲制作の事例として聞きたいんですけど、新田美波には“ヴィーナスシンドローム”という長く歌われてきたソロ曲があって、2曲目の“Voyage”が5年越しで発表されたじゃないですか。両方とも、ものすごい名曲ですけど、“Voyage”は1曲目とは方向性が全然違っていて、穏やかな凪のような始まり方をする曲ですよね。たとえば、この2曲はどのように作られていったんでしょうか。

柏谷:アニメより前だと、新田美波は色気があるところがフィーチャーされてたんですね。で、美の女神=ヴィーナスっていう視点はとてもわかりやすく、最初の“ヴィーナスシンドローム”ではその「美の女神」という面を曲もフィーチャーしています。最初に美波に興味を持ったプロデューサーの皆さまにとって、それは1曲目としては正解なのですが、その後にアニメやゲームでもいろいろと掘り下げられていくのを見ていて、美波の持っている別の「女神」のほうをフィーチャーしてみてもよいと思いました。新田美波は文武両道で、スポーツもできて学力もある子なんですけども、それは美波がすごく努力家だからそうなってるわけで。努力家であるということは、努力をする人の心がわかるはずなんですよ。だから頑張る人、努力をする人、挫折しそうな人の気持ちに寄り添って支えてあげられる――実際にアニメでもそうやって描かれてましたけど、「ときに激しく、ときにやさしい、波のように」という名前の由来のように「心の拠りどころとしての女神」という、パッとは感じづらいけど、本当はとても大事な本質的な美波の魅力の「女神」の部分で曲を作ろう、と考えましたね。

中川:2曲目は、みんなの中でもある程度「こういう曲を歌う子なんだ」って固まったところからスタートするから、非常に難しいなあ、と思います。

――高垣楓の“こいかぜ”も、5年越しくらいでもう一度歌うことになったじゃないですか。そのときに、オケは変わらず歌だけ録り直す、6年間の成長を歌だけで示すことになるとかなりハードルが高いですけど、結果“こいかぜ”は最高の形でアップデートされた感じがします。

柏谷:あれは大変でした(笑)。おっしゃられたように、同じオケで同じことをすることにはあまり意味がないんですよね。確かに、キャストさん側も当然力量は上がっていて、前よりも上手く歌えるだろうし、いいものになるかもしれないけれども、上手く歌えるから録り直すというのは、前に表現したものを否定したただの上書きでしかなくて。最初に歌ったときの想いとか、そのとき頑張ったものを消してしまうことは違う気がします。最初のレコーディングには、単純に歌が上手く歌えるとか、声の出し方がよいとか、そういうものではなく、そのときしか残せないニュアンスも入っているので、そこはやっぱり残しておきたいですね。

――おふたりが楽曲制作に携わり続けてきて、演者さんに関して「成長したなあ」と感じたエピソードがあれば教えていただけますか。

柏谷:やっぱりライブを経験すればするほど上手くなっていく、ということですね。最初のレコーディングではすごく苦戦していたとしても、「アイドルに寄り添ってどう表現すればいいか」みたいな部分は、ライブで強く意識するからか、どんどん身についていきます。ライブを経験することで、スタジオで録る歌のほうもほんとに進歩するなあ、ということは感じます。

中川:ライブの場で、表情を含めて身体全体で表現することで説得力は増すのかな、とはすごく思いますね。ライブで歌唱するときって、その歌をアーティスト的に上手く歌うことが必ずしも正解ではないじゃないですか。『アイドルマスター』の場合、そのアイドルを好きな方、プロデューサーの方たちが見たときに、「キャストさんを通してアイドルを感じることができるのか」に重きがあると考えると、歌ではあるけれども演じることはすごく大事で。そこは、圧倒的に他のアーティストと『アイドルマスター』のライブで違うところだと思います。そこの部分をみんな一生懸命考えないといけないし、それは経験することによって、いろいろなものを乗り越えて成長していくのかなって、いつも感じます。

柏谷:ライブの場合、プロデューサーさんがいて、ひとりひとりに自分の歌で何かを伝えようとするわけですけど、それって実は音楽の根底にあるものだったりしますよね。あとは、ひとりじゃなくていろんなアイドルたちと一緒に歌うことで、自分ひとりで完結せずに、たとえば3人で歌う場合は他のふたりを見ながら、切磋琢磨して、いろいろ刺激を受けながらやっていくことになります。キャストさんにとってもどんどん自分のスキルがアップしていく感じはあると思います。

――楽曲が突破口になるケースもあったりしますよね。今回のキャストインタビューでいうと、津田美波さんは「小日向美穂はキュートじゃないといけない、みたいな押しつけをしてたのかも」と感じていたけど、それを破ってくれたのが“ガールズ・イン・ザ・フロンティア”だった、という話もあって。

中川:ああ~、なるほど。

柏谷:そうですね。それは曲を作るときも同じで、たとえばそのアイドルに合わない曲を排除してしまうと、曲の範囲がどんどん狭くなってくるんですよ。どこかでその幅を広げる曲を作らなきゃいけない、というのはありますね。そういう曲が生まれるとそのアイドルの幅が広がるし、キャストさんにとっても刺激になると思うし。『シンデレラガールズ』の場合、「キュート」「クール」「パッション」の3つのタイプに合わせた曲を作ることが多いんです。だけどそれだけだと、その幅を超えた曲が作れなくなってくる。津田さんの話のように、タイプは関係なく歌う曲が出てきたときに、殻を破れるチャンスも出てくるので、そういう機会を積極的に使いながらチャレンジしていますね。それこそ、聴く人全員に認めてもらえる曲はないと思うんです。“ガールズ・イン・ザ・フロンティア”で、美穂が今まであまり出してこなかった、力強い感情的な意志の強さなどを出していくことに対しても、違和感を持つ方もいると思います。ただ、全員が全員納得できるような曲だけを作っていると、どんどん守りに入ってしまう。「こうじゃない!」って思う人もいることを踏まえた上で、それでもその人が納得してもらえるような曲にチャレンジをする。そうしないと、新しい魅力は出しづらいのかな、と思います。

「自分が得意なジャンルです、いつも通り作りました」みたいな曲だと、残る曲にならない(柏谷)

――今まで手掛けてきた楽曲の中で、「これは攻めたなあ」と思う曲は何ですか。

中川:“Absolute NIne”って、転換期な感じがしませんか?

柏谷:そうですね。

中川:あの曲から、すごく変わった気がします。『シンデレラガールズ』の「シンデレラ」って、ものすごくパワーワードじゃないですか。その言葉から連想される音やイメージがとにかく強いんだけど、“Absolute NIne”で1回ぶっ壊した感じがします(笑)。その後にアニメが作られたり、ライブも含めて活動が広がっていくんですけど、“Absolute NIne”ができたときに、ひとつ違うところに移動した感じがしたのを覚えてます。

――“Absolute NIne”はまさにそうですけど、『シンデレラガールズ』の曲って、初めて聴いたときと、しばらく経ってから聴いたときの印象が変わらないところが、ひとつの特徴のような気がしていて。それこそ5年くらい経っていても。変わらず名曲であり続けている。そこで思うのは、『シンデレラガールズ』の曲はなぜこんなに摩耗しないんだろうっていうことなんですね。たくさん聴かれて、いろんなところで流れて、『デレステ』で何回もプレイしたり、ライブでも何回も歌われる、だけど全然磨り減らずに、曲の魅力が維持されている。これってほんとにマジックだなあって思うんですけども。

柏谷:たぶん、ひとつは作家さんが苦労して産み出しているからだと思います。たとえばテンプレがあって、「自分が得意なジャンルです、いつも通り作りました」みたいな曲だと、残る曲にはならないと思うんですよね。作家さんも自分が持ってる引き出しを広げて作っていく、正解かどうかもわからなくて不安な部分もあると思うんです。曲が公開されたときに、作家さんがよくTwitterで「心配だった」「胃が痛い」ってみんな言ってますけどもね(笑)、テンプレではない何かをもがきながら出すことによって曲も印象深くなるし、それがスパイスになっているのかもしれないですね。

中川:僕も、そこが魅力だと思います。作家さんがしっかり咀嚼をできないとダメなんですよね。それっぽい音楽を作るだけだったら、たぶん器用な方だったらできると思うんですけど、書く人にとって自分の中での正解をちゃんと出せていないと、味が出ないそれっぽい歌、になってしまうんですね。であれば、パッと聴いた瞬間に「頑張ってるけど、これはあの人の曲だよね」ってわかるほうが、僕は好きです。『シンデレラガールズ』って、「このアイドルの曲が来たらやらせてください」って言ってきてくれる作家さんがけっこういるんですよ。それってプライスレスなことで、絶対いい曲を作ってくるんですね。それぞれのアイドルの魅力と、コンテンツ自体の魅力がすごく大きいがゆえに、作家さんから持ってきてくれたりすることがプラスに働くのかなあ、と思いますね。そこから生まれる曲に普遍性を感じていただいてるのだとしたら、それはめちゃめちゃ嬉しいです。

――実際、普遍性はものすごく感じますよ。たとえば“Nation Blue”なんて最初に聴いたとき「すげえ」と思ったけど今でもその感覚は変わらないし、“Tulip”なんかも同じ雰囲気がありますね。

中川:なるほど、確かに。

柏谷:“Tulip”も“Nation Blue”も、やっぱり作家さんがこなす感じで作ってないからだと思います。なんらかの思いの強さが乗った曲だし、こなすような仕事では生まれない曲ですね。「俺はこういう曲を作りたい!」っていう想いがうまくハマると、いい曲が生まれることが多いです。そういう曲は、キャストさんも歌うときに感情を出せるだろうし、作家さんも自分の想いや感情の部分を曲に込める方が多いんですね。やっぱり、感情って年数を経ても変わらない部分なので、感情や想いがこもった曲は時間が経ってもあまり古く感じないのかもしれないです。

中川:マイノリティ的な意識は、すごく大事で。今は情報がすぐに共有できる時代なので、「この音楽がいい、この音楽が好き」っていう部分を、作る側が貫くのは難しいことなんですよ。だけど、それこそ昔はネットがなくて、「自分の街ではこの音楽が超流行ってたから、すげえメジャーだと思ってたし、カッコいいし大好き」だと思っていて――意外と流行ってるのはそこだけだった、みたいなことってあるじゃないですか(笑)。でも、幼少時代にそればっかり聴いてたら、もうそれが最高の音楽なわけですよ。

――確かに、『シンデレラガールズ』の音楽からは安易に何かを取り入れてる感じがしないですよね。7年も続いていれば音楽のトレンドも変わるし、日本だけでなく海外にも参照できる元ネタはたくさんあるのかもしれないけど。あえてそれはやらずにきた、と。おふたりの話を聞いていると、音楽制作は率先して苦労しにいってる感じがするしますね。ラクできないし、ラクしないし、ラクをさせないし。

中川:ははは。

柏谷:そうですね(笑)。

中川:文化祭みたいな感じがあるんですよね。1回作ったものを学習してどうこう、ではなくて、違う出し物を作るからゼロスタートになる、それを何回も繰り返すから新鮮だし、やっていても飽きないし。登山でたとえると、何回も登ったら一番ラクに山頂に登れるルートはわかるけど、そういうときに寄り道をできる体力がこのプロジェクトにはあって。そこで挑戦できているゆえに、新しいものを発見できたりするんだろうなって思います。

――実際、レコーディングやライブという点では、キャストさんにもラクをさせてないわけですよね。だけどそこで、彼女たちは率先して深く考えようとしているし、楽曲をライブで披露すると必ず報われている、という循環がある。頑張れるし、思い入れを注いだ分、ちゃんと自分にも返ってくるものがある。それが実感できるとことで、やりがいにもつながっていくでしょうし。

柏谷:それも、長く続いてるからこそできることですよね。でもやっぱり、7年っていう感じがしないですね。ずっと終わった感じがしないし、やりたいこともたくさんあるし、宿題もいっぱいあるので(笑)。

中川:その中で、笑顔は大事です(笑)。

――話の着地点が卯月に帰ってきましたね(笑)。“S(mile)ING!”であるよ、と。

中川:締まりましたね(笑)。

柏谷:(笑)卯月ですね。“S(mile)ING!”です。

取材・文=清水大輔