暴走老人の波を食い止めろ! 駅員への暴力加害者年齢、最多は60代以上という衝撃の事実

社会

公開日:2018/11/23

『脱!暴走老人 英国に学ぶ「成熟社会」のシニアライフ』(谷本真由美/朝日出版社)

 耳にすることが多くなった「暴走老人」ということば。店員や駅の係員に対して無理難題を言って困らせたり、並んでいる列に割り込んだり、ほかの人をいきなり怒鳴りつけたりする高齢者が増えている。

 2017年に法務省が発表した「犯罪白書」によると、刑法犯全体は減少する一方で、65歳以上の高齢者の犯罪は20年前の約20倍に増加している。また、JRや私鉄など34社による「鉄道係員に対する暴力行為」について同年の発表によると、加害者の年齢でもっとも多かったのは、なんと60代以上で、その割合は全体の23.3%を占めるという。私たちが噂で聞く「暴走老人」は、決して気のせいではないのだ。

出典:東京都交通局

 治安が良く、人々のマナーもすぐれていると思われてきた日本で、なぜいま高齢者の暴走が顕著になってきたのだろうか? その問題について、高齢者の置かれた立場という観点から海外での事例と比較しながら論じるのが、『脱!暴走老人 英国に学ぶ「成熟社会」のシニアライフ』(谷本真由美/朝日出版社)だ。

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■海外に暴走老人はいないのか?

 元・国連職員として英国・ロンドンと日本を往復して暮らしてきたという著者はまず、日本の高齢者が置かれている状況を分析し、老人が孤独で苛立ちを募らせてしまう背景には、個々の性格や状況だけでなく、「日本の社会全体のあり方」が関係していることを指摘する。日本は世界で最も高齢化が進んでいるにもかかわらず、いまだに施策は若い年代を中心としたものが多く、経済的にも社会的にも高齢者が疎外されていると警鐘を鳴らす。

 一方で、ヨーロッパでは町のつくりやインフラ、家族関係において、老人が楽しめる場所が非常に多いそうだ。

 たとえば、ロンドンを走る新型バスは車内が広く、車椅子やベビーカー、電動カートごと乗車でき、段差がないため車椅子の利用者でもひとりで移動が可能だそうだ。また、前部の座席は足腰の悪い高齢者でも座りやすいように低く設置されている。

 また、英国には高齢者の立場や生活向上に貢献する非営利団体が多くあり、企業より影響力が強いケースもあるという。

写真は高齢者のために活動する英国最大の非営利団体Age UKのウェブサイト

 日本では年齢を重ねることをネガティブにとらえてしまいがちな風潮があるが、ヨーロッパの高齢者は「老い」を自然の摂理として素直に受け入れ、社会全体でもそれをサポートする豊かなしくみがあるようだ。日本だと「若者向け」のイベントだと考えられているような音楽コンサートやフェスにおいても、ほかの世代と同じように楽しむシニア世代の姿は多く見かけられるし、イベント運営者もそれを想定して催事を行っているようだ。

■老後資産をきちんと形成することが、高齢者の暴走を防ぐ?

 ヨーロッパでも高齢化が進み、公的年金の状況が年々厳しくなっていることは、日本と同様だ。だが、本書によるとかなり早い時機から個人で老後資金の準備を始める人が多いという。すでに社会全体が戦後の不況や物価上昇を経験しているため、お金に対する危機管理の意識が日本より高いのがひとつの理由だろう。本書では、老後を楽しく過ごすためにイギリス人が行っている資産形成のノウハウも紹介する。

 経済的な自立は、暴走老人を食い止めるひとつの策でしかないかもしれない。だが、著者はそれが決して無駄な努力ではないことを述べ、本書を締め括る。

“もし街なかで暴走する老人を見かけたら、何が彼にそうさせてしまっているのかということも考えていただきたいのです。 これは実は若い人にとっても大変重要なことです。なぜなら、やがて現在の若者たちも高齢になり、厳しい状況に置かれる可能性が高いからです。つまり、現在暴走している高齢者のことを考えることは自分たちのためでもあるのです”

 いま増加している「老人の暴走」は、他人事ではないのだ。やがて、この問題は私たちにも覆いかぶさってくる。誰もが老いを迎えるなかで、個人としても社会全体でも、この波を食い止める策を練ることが必要だ。本書はそう考えるときの大きなヒントになるだろう。

文=田坂文