28歳、恋をして、家を出た——でも母の呪縛からは逃れられない…
公開日:2018/11/26
『あのひとは蜘蛛を潰せない』(彩瀬まる/新潮社)は、この世の中でもがきながら生きる「繊細な人たち」をあぶり出し、彼らの優しさや弱さをすべて優しく掬い上げるような恋愛小説だ。
主人公の梨枝は、国道沿いのドラッグストアの店長。28歳、母とふたりで実家暮らし、そして性体験は一度もない。「自分はみっともない」といつも自分に言い聞かせ続けている。細かな部分に魅力的なものを持っているのにもかかわらず、全体的には何だかパッとしない女性といった印象だ。
そんな彼女が、アルバイトとして働く大学生「三葉くん」に言い寄られ、二人は付き合うようになる。そこから物語は大きく動き出す。最初の大きな変化は、彼女が実家を出てひとり暮らしを始めることだ。
彼女が自分のことを卑下する大きな理由として、「過保護な母親」という存在が見えてくる。そんな母親を疎ましく思いながらも、一方で「かわいそう」に思ってしまい、実家から出られなかった彼女の大きな変化。三葉くんとの恋模様と絡ませながら描かれる「親からの自立の物語」も本書の醍醐味だ。
最初はドライな青年という印象の三葉くんも、恋人同士仲が深まるにつれ、背後に家族の問題と、そこから生じる精神的な弱さを持ち合わせていることが見えてくる。二人は寝食を共にし、「好きな人に自分の弱みを開示する」「相手の心の穴を受け入れ、一緒に抱えて生きていく」ことを経験するようになる。こういった過程はやはり恋愛小説として楽しめて、同時に教訓に富んでいる。
また本書では、彼女たちの周りにも、「繊細で、もがいている人たち」は多く登場する。突然姿を消した“蜘蛛を潰せない”パートのおじさん、頭痛薬依存の女性客、ネット依存症の義姉、子に縋る過保護な母、「かわいそう」な女の人を放っておけない兄…。繊細で傷つきやすいハートを抱えながら、上手くいかない人々の人生がゆるやかに交差する。
「繊細な部分」「弱い部分」を持っていても、人は生きる。どうすれば、弱さも強さも他人と分け合いながら幸せに生きていくことができるのか、その答えは簡単には見つからないけれども、本書にはそんな問いを解くためのヒントが数多く隠されているように思える。
文=K(稲)