不気味な死にざまで全滅! 実際に起きた奇っ怪な遭難事件の真相は!?
公開日:2018/12/1
1959年、旧ソ連のウラル山脈で奇妙な遭難事件が起きた。若い男女9名からなる登山チームが氷点下30度の深夜、全員テントを飛び出し、1キロ半以上も離れた場所で凄惨な遺体となって発見されたのだ。遺体はすべてろくに衣服を身につけておらず、靴も履かず、皮膚は黒く変色し、老人のようにしわだらけだった。また、白髪になっていた男性や、舌を失っていた女性もおり、衣服からは高濃度の放射線が検出された。そして、遺品のカメラのフィルムに最後に写されていたのは謎の光体だった――。
これが、地元のマンシ族から「死に山」と呼ばれていた僻地(へきち)の山岳で実際に起きた、ディアトロフ峠事件の概要である。1872年に、乗員全員が忽然と姿を消した帆船がポルトガル沖で漂流しているところを発見されたマリー・セレスト号事件に勝るとも劣らない奇怪な雪山遭難事件だが、マリー・セレスト号事件にくらべるとあまり知られていない。情報が極度に統制されていた共産党政権下の旧ソ連で起きた事件だからだろう。事件後3年間にわたり、旧ソ連当局は現場への立ち入りを禁止している。
このディアトロフ峠事件について、現時点の日本で唯一まとまった情報を読めるのが、『死に山 世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相』(ドニー・アイカー:著、安原和見:訳/河出書房新社)だ。アメリカのドキュメンタリー映画監督である著者は、登山の初期段階に引き返したことでひとりだけ助かった生存者をはじめ、複数の事件関係者に丹念に取材をし、けわしい山道を越えて遭難現場へも足を運んでいる。
事件の原因については、強風説、雪崩(なだれ)説から、武装集団に襲撃された、旧ソ連の新兵器実験に巻き込まれたといったもの、はてはUFOなどの超常現象説まで、これまでさまざまな説が唱えられてきた。著者は、そのひとつひとつをていねいに検証した上で否定。本書のラストで、「事件の真相」として新たな説を唱えている。
特異な気象現象を原因とするその新説は説得力のあるものだが、それで謎がすべて解けたと感じるかどうかは読者しだいだろう。とくに、事件発生前後に近隣地域で複数の人が目撃した“オレンジ色の光球”についての検証は、本書のなかでも深く追究はされていない。違う著者による、また別の角度からの検証も読んでみたいところだ。ちなみに、事件当時の捜査当局の結論は、「未知の不可抗力」というものであった――。
事件の謎とは直接関係ないが、1950年代末の旧ソ連は、恐怖政治を敷いていた独裁者スターリンが死に、つかの間の解放感に溢れていた時代である。本書のなかで描写されている、旧ソ連の「短い春」のなかで懸命に自由と青春を謳歌(おうか)しようとしていた普通の若者たちの姿は、その悲惨な最期もあわせ想うと、まぶしくも切ない。
文=奈落一騎/バーネット