趣里「寧子として生きた撮影中はいろんなことを考えました。“生きる”ってなんだろう?って」
公開日:2018/12/8
毎月3人の旬な有名人ゲストがこだわりのある1冊を選んで紹介する、ダ・ヴィンチ本誌の巻頭人気連載『あの人と本の話』。今回登場してくれたのは、本谷有希子原作、映画『生きてるだけで、愛。』のヒロイン、寧子を、圧倒的な存在感で演じ切った趣里さん。寧子を“生きた”なかで、自身のなかに巡っていった思いとは――。
「“寧子”になるため、役づくりとして特別なことは何もしていないんです。寧子をより日常に、身近に、と関根監督が書かれた脚本をとにかく読み込みました。なぜ彼女はこんなことをしてしまうのか、どうしてこの気持ちになるのかということを考え続けました。すると、自然に自分とも向き合うことになって、“この感覚、自分にもあったなとか、どういう時に抱いたかな”と思いを巡らせていきました。そしてまた寧子のことを考え、再び自分のことを考え、という事の繰り返しをしていました」
そんな趣里さんが“体現”した寧子は、原作読者の心に寄り添う温度を持っている。部屋に引きこもり、身体は動かないシーンのときであっても、その感情の動きを以って、縦横無尽にスクリーンを駆け巡っている。
「菅田将暉さん演じる、寧子と同棲している津奈木は、他人との距離を保つことで、誰かとつながることをどこかあきらめている人なのかなと感じていました。そんな彼とのやりとりのなかにある、寧子の気持ちはすごく理解できました。“うん、うん、ばっかじゃん!”というセリフは印象に残っています。そういうことが言いたいんじゃないのに、全然伝わらない、という感覚も共感できました」
ほんの一瞬だけでも、分かり合えたら――誰かとのつながりを求める、それぞれの気持ちが16mmフィルムで撮影された映像美のなかに映し出される。
「“わたしは、わたしと別れることができない”。自分という存在を誰かにわかってほしくて、寧子が放つ、原作にもある圧倒的な力を持つ言葉。それを、自分を通して放つために、そのシーンに向かって走っていた気がしました。寧子として生きた撮影中は、色々なことを考えました。“生きる”ってなんだろう?から始まって、人は人とつながることでしか生きていけない。それは、周りの人を愛しく思えるようになる真実である反面、自身のことを許せなくなる瞬間を生むものでもある。など」
お薦め本として選んでくれた『自分を好きになる方法』からも見てとれるように、“生きる”ということに思考が巡っていきやすいと趣里さんは言う。
「明日はどうなるかわからないぞって、いつも思っているんです。それは多分、怪我でバレエを辞めざるを得なくなった経験が大きく影響していると思います」
6歳で初舞台を踏み、小学校6年生の頃には「くるみ割り人形」の主役を演じたりと本格的にバレリーナの道を目指すようになる。
オーディションに合格し、高校に入学するタイミングでイギリスのバレエ学校への留学を果たしたが、度重なる怪我のため、夢を断念せざるを得なくなった。
「あの頃は、本当にバレエのことしか考えていなかったんです。こんなにもあっさりと自分の信じていた夢がなくなってしまうのかという、あのときの気持ちは、今も私のなかに鮮明に刻まれています。役者という新たな夢と出会い、それに向かって、もう一度頑張ってみようと思うに至る過程には、様々な気持ちが自分のなかを巡っていました。だからこそ、“生きる”ということに、私は考えが向いてしまうのかもしれません」
そういう人だからこそ、寧子を演じることができたのだ。
「経験は無駄ではなかったと思っています。彼女の言動はエキセントリックですが、これは普遍的な人間同士の物語。感じ方はそれぞれになる作品だと思いますが、一瞬でも、観る方の心に寄り添うことができたらと、そんな一心で演じていました」
(取材・文:河村道子 写真:山口宏之)
映画『生きてるだけで、愛。』
原作:本谷有希子『生きてるだけで、愛。』(新潮文庫) 監督・脚本:関根光才 出演:趣里、菅田将暉、仲 里依紗ほか 配給:クロックワークス 全国公開中
●過剰な自意識に振り回され、現実との折り合いが付けられない寧子。本谷有希子の代表作を、彼女と同棲する津奈木との関係性に焦点を当て、映画ならではの視点で紡いだ不器用な男女のエモーショナルなラブストーリー。
(c)2018『生きてるだけで、愛。』製作委員会