14億の負債を抱えた会社を復活させた経営者による小説『破天荒フェニックス OWNDAYS再生物語』田中修治インビュー【後編】
公開日:2018/12/11
2008年2月。小さなデザイン企画会社を経営していた田中修治氏は、誰もが「倒産する」と言い切ったメガネチェーン「OWNDAYS」を買収。会社の再生と世界進出を目指す田中氏に待っていたのは、延々と続く試練と危機、勝負の日々だった。その軌跡を“小説”として描いた『破天荒フェニックス OWNDAYS再生物語』が9月5日に刊行。事実をベースにしていながら、ジェットコースター級の波乱万丈とスリルに満ちた物語は大きな話題を呼ぶベストセラーになった。この“物語”はどのように生まれたのか。OWNDAYS買収から再生、小説出版に至るまで、自身の“破天荒”ぶりを振り返ってもらった。
――小説で描かれた“破天荒”の裏にはそういった行動原理があったのですね。ここで小説出版の経緯についてもお伺いしたいのですが、そもそもなぜ本を書こうと思ったのでしょう?
田中 2015年に債務超過状態を脱し、銀行取引が正常化したことで、OWNDAYSは再生を果たしました。ただ、それでも感覚としてはようやく準備体操が終わったぐらいのところなんですよ。まだ市場シェアも低いし、知名度だって高くない。これから競合他社に打ち勝って日本の市場を取りにいくというとき、どうやってプロモーションをしていこうかと考えたとき、まずOWNDAYSの“ファン”を作ろうと思ったんです。
Appleとかスターバックスみたいに優れたブランドにはコアなファンがついています。例えば、新型のiPhoneが発売されたとき、テレビCMのようなマス広告が“投網”だとすれば、SNSでファンが個人的に発信する口コミは“銛”みたいな役割を果たします。まず投網で潜在的な多く顧客層を囲い込んで、それからファンの口コミという信頼度が高い情報が“銛”としてそれぞれの個人に刺さり、新型のiPhoneの購入を決意させるという動線ができているんです。そういう潜在的なファンが存在しないところでどれだけマス広告を打ったところで、持続的な効果は望めない。ですから、テレビCMの話なんかもよく頂いていたのですが、まず「メガネを買うならOWNDAYSで」というファンをどれだけ作っておけるかが鍵だなと考えていました。そこで、まずは店頭に立つスタッフを含めた社員たちが、“個人”としてSNSでそれぞれ自由に自分のことを発信していくことでOWNDAYSというブランドを知ってもらおうと動き出しました。それに興味をもって店に足を運んでくれたお客さんが実際にスタッフと会うことで、ファンを作っていくことができる。そういう動きがある中で、社長の僕はOWNDAYSの“ストーリー”を本というパッケージで伝えることでファンを作っていこうと考えたんです。
――本を出すときにノンフィクションの自伝や経営論のビジネス書というスタイルではなく、フィクションの小説にした理由は?
田中 どこかの会社の社長なんかが書いた「いろいろ苦労はあったけどうまくいきました」みたいな成功自慢が続く自伝とかビジネス書って読んでも面白くないじゃないですか。読むにしても書くにしてもエンターテインメントとして成立する小説にしたほうが面白そうだし、自分としても頑張れるかな、と。ビジネス小説は池井戸潤さんの作品のようにベストセラーがたくさんあるし、それを研究すれば自分なりに面白い小説の“型”がわかるのではないかとも考えました。だから、普段はあまりフィクションを読まないんですが、これを書く前は100冊以上のビジネス小説を読んで参考にしましたね。あと、実体験を本にするといっても、起きたことを全部そのまま書くわけにはいかないし、多少話を盛ったほうがストーリーをえやすいし、面白くなることもあるじゃないですか(笑)。もちろん、嘘を書くようなことはしていませんが。それで小説を選んだんです。
――OWNDAYSの再生を目指して苦労しているときも「これはいつか本にしよう」とか考えたりしていたのですか。
田中 もちろん、そのときは本にするなんてことは考えていませんでした。ただ、これだけしんどい思いをしているんだから、いつかこれもきっと話のいいネタになるはずだと自分に言い聞かせていましたね。語ることができる苦労話がなにもなくて「僕はなにもかも順風満帆で」というのもつまらないでしょう。
――本の執筆はどのように進められたのですか。
田中 最初はただ自分が面白いと感じるものを誰に読ませるわけでもなく好き勝手に書いていたんです。それで、ある程度書き溜めたところで「これって他人が読んでも面白いのかな」と気になって、最初の1話~2話分をブログにアップしてみると、アクセスが一気に増えて「面白い!」という反応が多くあったんです。それで、この感じで間違ってないんだな、と。そこから初期からいる社内メンバーでチームを組んで、当時のエピソードを出し合いながら「ああでもない、こうでもない」とみんなで一緒に書いていき、それを順次ブログで公開していきました。結局、書き上がるまで半年ほどかかって全部で47万字ぐらいになりましたね。続けていけば絶対にどこからか「本にしよう」と声がかかるだろうという確信はあって、実際いくつかの出版社から声をかけてもらい、コルクの佐渡島庸平さんや幻冬舎の箕輪厚介さん、山口奈緒子さん、ニュースピックスの佐々木紀彦さんらと一緒に本にしようと本格的に動き出しました。
――一般的な小説の書き方とは異なるスタイルで執筆されたのですね。“プロモーション施策”のひとつだったものが、あれだけエンターテインメント性の高い“小説デビュー作品”に仕上がっていることにも驚きました。
田中 たぶん誰でも真剣に努力すれば1冊は書けると思いますよ。2冊は無理です。何冊も面白い本を書いている作家の皆さんはさすがプロだなと思いますね。ただ、素人でも1冊に集中すれば、自分のことだから取材も必要ないですし、あとは実際に起きたことをどれだけリアルに面白く書けるかという話ですから。それと、この小説は“ベスト盤のCD”みたいないいとこ取りの構成になっているんです。さっきもお話したように書き上がった47万字程度のエピソードをすべてブロクで公開していたので、読者の反応がいまいちだったところを削って、反響が良かったエピソードを中心に構成していったんです。そこから佐渡島さんたちに全体的な文字数やキャラクター、時系列の整理についてアドバイスをいただきつつ、小説として面白いものになるようにリライトしていきました。
――物語の構成までかなり戦略的に考えられたものだったのですね。キャラクターもとても印象的で、資金繰りに苦しみながら田中さんの破天荒なアイデアに振り回される財務責任者の奥野良孝氏などは「これは大変だっただろうな……」と感情移入してしまいました。
田中 キャラクター設定では『少年ジャンプ』っぽい感じとか意識しましたね。暴走気味に突き進む主人公とそれを支える堅実で理性的な相棒というパターンはよくあるじゃないですか。でも、実際のところは奥野も僕と一緒でガンガン攻めるタイプなんですよ(笑)。資金繰りでめちゃめちゃ苦労させたのは事実ですが、事業の進め方について僕を止めるようなことは全然なかったです。本人は「本が出てからキャラを勘違されることが多くて困る」なんて言ってますね(笑)。こういう自由なアレンジができるのも小説というフォーマットを選んだからです。
――本のプロモーションも斬新でユニークですよね。「直筆サイン&OWNDAYSで使える割引券のパッケージ」とか。
田中 これも前に話した“選択”の問題で、「本を出す」という選択をした以上、ちゃんと「売る」という結果を出すために努力をしなくてはいけないんです。本を書くだけ書いて、あとは出版社に丸投げしていたら、それはほとんど丁半博打ですよ。今の時代、そんなやり方では本は売れません。本を売るためには、やっぱり「読んだ人が他人に勧めたくなる」ようなアプローチが必要です。どこにでも広告が溢れている時代だからこそ、読んだ人のリアルな口コミが一番信頼性の高い情報になっています。
例えば、オンラインサロンを主催している人なんかに本を大量に配ったんですよ。「タダでばらまいて宣伝してください」というのではなく、「ちゃんとお金を取って売ってください」と頼んで。タダでもらった本ってほとんど読まれないですから。そうすることで、実際に僕の本を手売りでしてくれる人なんかも出てきたんです。たぶん、全部で2000冊以上、金額にしたら400万円分ぐらいはそうやって配りましたが、宣伝広告費として400万円かけた普通のプロモーションより、「手売りしている人から面白い本を買った」という体験談が広まっていくほうが読者を広げる効果があるんですよ。そのほかにも、ファンミーティング参加券や僕の講演会を主催できる権利、ネパールでのメガネ配布ボランティアツアーを本とセットにして売るなど、いろいろ「本を買う」という体験を普通とはちょっと違うものにするためのやり方は常に考えていますし、それがまたOWNDAYSのファンを作っていくことにもつながると思います。
こうして小説を出したことで注目してもらうことができましたが、「あの本を出したときが絶頂だったね」ではなく、逆に「あの本のブレイクがスタートだったね」と言われるようにしなくてはいけませんから。今もこの小説を利用してOWNDAYSが次のステージに行くための施策を考えているところです。
――実際、インターネットで検索してみると「本を読んで感動してOWNDAYSでメガネを買った」という“ファン”になった人の声が数多くあります。小説は2015年の時点で終わっていますが、現実のOWNDAYSは海外進出など積極的に事業を拡大しています。今後、田中さんが目指すものは?
田中 とりあえず、日本一のメガネチェーンになって、世界で1000店舗、売り上げ1000億円というところでしょうか。もちろん、そこがOWNDAYSのゴールではありません。常にいろいろと可能性を探していますし、メガネ以外にもやりたいことはいっぱいあります。例えば、ヴァージン・グループはひとつの理想ですよね。今は音楽産業から鉄道、航空会社、果ては宇宙事業まで幅広く事業を手がけている多国籍企業ですが、もともとはロンドン郊外の中古レコード通販会社だったんですよね。OWNDAYSも将来的には多角的に事業を進めて「最初はメガネ屋だったんだよ」と言われるような企業グループに成長させたいと思っています。OWNDAYSの“物語”はこれからもっと面白くなっていくはずですよ。
取材・文:橋富政彦
写真:内海裕之