安室透にホレて脱毛に通う女、“乳”に憧れて下着で育乳する女…『だから私はメイクする』

暮らし

公開日:2018/12/15

『だから私はメイクする』(劇団雌猫/柏書房)

 どちらかと言えば、若い頃から自分の服装について考えるのが面倒臭かった側の人間である。ファッションが嫌いなわけではないのだが、洋服選びって悩みだすとキリがない部分ってあるじゃないですか。いわば自意識と他人の目線との葛藤と言うか。

 こう見せたいと思っている路線があからさまに他人に見抜かれるのも腹が立つし、だからって擬態で自分が嫌いな全く別の路線にするって気にもならない。いやしかし、他人に勝手に「××系でしょ」とか思わせる隙は与えたくないし、同性間の値踏み合戦なんかに巻き込まれるのもごめんだし……と、激しく不毛な自意識の葛藤で疲れ果てた。

 結果、「一体どこでそんなの売ってんだよ!」というような意味不明の柄や国籍不明の文字がプリントされたセンス超越系のTシャツにワークパンツあるいは軍パンというスタイルに落ち着いたのが30代前半である。

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 いわば、色んな意味で他人からのジャッジを拒絶する孤高のスタイル(カッコつけんな)を選び取ったわけだが、今思えば随分と不自由な話である。何故なら、自意識の葛藤の果ての消去法で辿り着いたゲリラ服で身を守っていたんだから。この度、『だから私はメイクする』(劇団雌猫/柏書房)を読んで、そんな青臭い季節を懐かしく思い出した。

『だから私はメイクする』は「アラサーオタク女4人」のおしゃべりを載せた同人誌が基になっている。本書の冒頭には、「他人の要求に適った自分になること」に思えて、オタク女子たる自分は「現実世界」のメイクやオシャレを忌避していたという一文がある。そう、これこそ、ゲリラ服以前の自分が足を捕らわれるのを恐れていたトラップである。

 自分らしさを追求するためには、現実世界の定型ファッションから限りなく遠ざからねばならない。間違っても「××系」の罠にハマって、ある方面に媚びたり、ある一団に属したりしてはならないと、わりと本気で考えていたのである。それもこれも、死んでも他人の要求なんかに適った自分になりたくなかったからだ(青いなあ)。

 分かりやすい例で言うと、ゲリラ服当時の自分は、パンストを穿くぐらいなら死んだ方がマシぐらいに思っていた。パンストは敵。パンストは悪。パンストは屈辱。なぜか自分の中で、パンストは「他人の要求に適った女性」の身に着けるアイテムの象徴だったのである。いわば仮想敵。当時の自分にパンストを穿かせるのは、石田純一にソックスを穿かせるより難易度が高かったと思う。

 しかし、よんどころない事情で某オフィスでバイトすることになり、我が身にパンスト着用の危機が迫った時、「主義を捨てるか、収入を捨てるか」の絶体絶命の二択に追い込まれた自分が取った手段は……「マジ、自分、天才じゃね?」と言いたくなるものであった。そう、自分はパンストではなく、あのオバサン御用達アイテムに名指しされる「ひざ下ストッキング」(で、いいの? 名称?)を着用することで、パンストを穿くという屈辱を回避したのである。ファッキュー、パンスト。

 バカバカしいお話でえらい恐縮ですが、そのぐらい、ある人にとっては、ある種のアイテムが「枷」になるという(極端な)例だと思ってもらいたい。

『だから私はメイクする』にも、自分の身体イメージと実際に着たい服の落差や思い込みやもろもろの事情で、色んなファッションのアイテムが「枷」になっている例が登場する。「それ、着たいなら着ればいいじゃん!」といきなりフリーダムに突入できる女子もいるだろうが、そうじゃない事情の持ち主も沢山いるのである。

 例えば、セーラームーンに憧れていながら、現実の自分の見た目との落差でどん底にあった女子。しかし彼女は「パーソナルカラー」診断を経てコスメの達人に変わるのである。あるいは、磯山さやかやTWICEのモモの顔ではなく、「乳」に憧れ、たれぱんだ胸を矯正下着で育乳し、気分をグングン上げていく女子。何だこの振り切れ具合は。と言うか、個人的なこだわりポイントを掘り下げる猛者ぶりが眩しいじゃないか。

 ちなみに、本書で一番あんぐりしたのは、以下の内容だ。「映画『名探偵コナン ゼロの執行人』で安室透に惚れてから本格的な脱毛に通い始め、絶対に今までスルーしていたジャンルの服を見て回るようになり……(以下略)」(35歳・会社員)。二次元がムダ毛にまで影響飛ばしてる!!!!! 察するにこの女性、色んな「枷」が安室透で一気に吹っ飛んだんだろうなあ。確かに安室さんかっこいいけど、そこから脱毛まで行くか!

 とにかくまあ、ファッションやメイクに何の抵抗もなく参入できるタイプではない女子の皆さん、オタク女子高濃度の『だから私はメイクする』を強くお薦めします。三次元の自分を捨てるのはもったいない。同輩の振り切れ具合を見ると、発奮するんじゃないかな、きっと。さーて、またジャッジ不能な謎服をネットで漁りますか、と。

文=ガンガーラ田津美