声優上坂すみれも耽溺! 鉄のカーテン、めくってみたら……教科書が教えてくれないソ連の69年

社会

公開日:2018/12/16

『いまさらですがソ連邦』(速水螺旋人、津久田重吾/三才ブックス)

 人気声優・上坂すみれが耽溺していることでも知られる「共産趣味」。これは奇しくも上坂が生まれた年である1991年に崩壊したソビエト連邦“っぽいもの”への傾倒を指すもので、かつて西側諸国で恐れられた共産主義・社会主義も、いまではすっかりサブカルジャンルのひとつになってしまった。

 とある国、文化への憧れ自体は珍しいものではなく、例えばアメリカの西海岸文化なんかは日本でも長らく憧れの対象だし、“おフランスかぶれ”なんて揶揄も実際にフランス文化にバキッと染まったお金持ちがいたから成立する(『おそ松くん』のイヤミがまさにソレ)。が、共産趣味がそれらと大きく違うのは、「例えば、どんなの?」と考えた時、あまり鮮明にイメージがわかないところではないだろうか。

 それはある意味当然で、ソ連は長らく鉄のカーテンに阻まれ、その内実がわからない謎の国でもあった。教科書でレーニン、スターリンや共産主義について学んだところで、ソ連がどんな国かはよくわからない。実際にどんな国で、人々がどんな暮らしをしているのか、わかってきたのがゴルバチョフによるグラスノスチ(情報公開)以降であり、そして皮肉にもそのグラスノスチとペレストロイカがソ連解体の原因ともなっている。つまり、わかってきた辺りでなくなってしまい、90年代ですでに「過去の歴史」になっているのだ。

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 そんな過去で謎の国・ソ連に憧れる“共産趣味者”にオススメしたいのが、歴戦の“趣味者”である作家・津久田重吾と漫画家・速水螺旋人による共著『いまさらですがソ連邦』(三才ブックス)。津久田によるテーマ別のコラムと速水によるイラストで、知らざれるソ連の秘密を暴き出す……のだが、速水螺旋人のイラストも余白にびっしりと注釈が書き込まれており、こちらもコラム級の情報量となっている。

 全5章立ての内容は、「ソ連の基礎知識」「革命から独裁へ」「冷戦と崩壊」「ソ連軍人になろう」「ソ連生活ガイド」。政治体制から庶民の暮らしまで押さえているが、「軍人の勲章好き」「ソ連のマフィアは実質資本家」「ゴルバチョフはソ連じゃ不人気(禁酒を強いて平均寿命を延ばしたため)」といった、教科書的ではない砕けたテキストで埋められているため、サクサク読める。とはいえ前述のように、津久田のテキスト以下のサイズで書き込まれた速水のイラスト・コラムを読み込むだけでもかなりの時間を要するのだが。

 おそらく最もイメージがわかない時代であろう、ブレジネフ、アンドロポフ、チェルネンコといった“スターリン以降、ゴルビー以前”の指導者たちや、その時代の庶民の暮らしぶり、政治経済事情にかなりの分量が割かれているのも嬉しいところ。まさしく鉄のカーテン内だった時期のソ連ではこんな暮らしが営まれていたのか、と共産趣味者の欲するところをしっかり押さえてくれている。

 ジョーク的に使われる「シベリア送り」や「KGB(秘密警察)」についても当然カバーしているが、実際シベリアに送られるとどうなるか、KGBには鳩の糞害対策用に鷹匠もいる、といったネタもあり。また実はソ連は文化大国で政権批判ネタもOKだった、という意外な情報も。エイゼンシュタインが冷戦期真っ只中で『戦艦ポチョムキン』を撮れたのには、理由があったワケだ。

 津久田はあとがきで「ある研究者曰く、ソ連は誤解できるようになるまで5年はかかる」と書いている。日本人の常識では測れない広大な国土とバラバラな文化、そして急ごしらえで興り廃れた(ソ連の歴史はたったの69年!)共産主義国という世界史的にも稀な存在であるソビエト連邦は、知ったつもりになれる程度の資料すら長らく手に入らなかった謎の国、ということでもある。

 そんな“薄いのに重厚”なソ連の歴史をライトにまとめてくれている本書をきっかけに、共産趣味者への扉を叩いてみてほしい。なお巻末にはロシア人声優・ジェーニャの特別寄稿も収録されているが、その内容が「元スペツナズ(ソ連軍の特殊部隊)である実父へのインタビュー」という濃さだから、ライトに読めてもヘヴィーな1冊であることは保証したい。

文=佐藤圭亮