“幸福を噛みしめる”って英語で言える? 英訳したら日本語の魅力が見えてきた!
公開日:2018/12/19
普段なにげなく使っている日本語には、それぞれに生まれた背景や、そこに込められた複雑な意味合いやニュアンスがある。例えば、「懐が深い」という言葉を聞けば、恰幅の良い男性がそっと暖かく包み込んでくれる…というようなイメージを持つ人も多いだろう。だが、この表現を英語に直訳すると、「a long reach(リーチが長い)」となり、その味わいは消えてしまうように思える。
日本語が持つ奥ゆかしさの源泉は、どこにあるのだろうか。本書『世界に広めたい日本語大全』(齋藤 孝/ぴあ)は、日本語に対応する的確な英訳を考える過程を通じて、日本語ならではの魅力を再発見することを試みる1冊だ。
■“幸福を噛みしめる”=「appreciate one’s happiness」
単体で「噛みしめる」という言葉には、ポジティブ/ネガティブの両側面がある。ひとつは、「幸福を噛みしめる」のように、うれしさや喜びをじっくりと味わう行為。もうひとつは、「悔しさを噛みしめる」「唇を噛む」のように、ネガティブな感情を受け止めるものだ。
ここでおもしろいのが、ネガティブな意味で使う際は、“唇を噛みしめる”=「bite one’s lips」と、直訳的な英語表現になるのに対して、ポジティブな場合は、“幸福を噛みしめる”を、“幸福に感謝する”という意味にとって、「appreciate one’s happiness」ということができること。また、“味わう”と解釈して「savor」を使うことも可能だ。“噛みしめる”という日本語の表現ひとつをとっても、これだけのさまざまな意味が込められているのだ。
■“ぼかす”=「not make one’s intention clear」
日本人はなにかと「はっきりさせない」ことを良しとする。例えば、社交辞令で言う「機会があったらまた呑みましょう」は、「機会があったら」という言葉で期日を曖昧にし、可能性を残しながらもやんわり断っている。この「話をぼかす」という場合には、「曖昧な」「意味のはっきりしない」といった意味の「obscure」や、「意図を明確にしない」という意味の「not make one’s intention clear」を用いることができる。また、本書にはこんな訳例も載っている。
「いつかビールを飲もう!」という言い方は、日本人が期日をぼかすときの常套手段だ。
→Japanese would say, “Let’s go for a beer some time” without being clear about the date.
本書では、他にも「あっぱれ」「しあわせ」「ふりきる」など約80の日本語表現を絶妙な英訳とともに解説している。どの項目を読んでいても、昔の日本人が何をうつくしいと感じていたのか、どんな精神を持っていたのか…そういったことが伝わってくる。著者は、あとがきで「言葉は文化」だと語る。私たちが日ごろ使っている言葉には、先人たちの経験や考え、美意識といった文化が積み重なっているのだ。
文=中川 凌